Wednesday, 17 August 2011

オホホは英語でtee hee hee?

だいぶ前(2010年2月)に朝日新聞オンラインで見つけた記事、「国際交流基金が2月から“アニメ漫画の日本語”(anime-manga.jp)というサイトを始めました」の中で、ずっと気になっている事がある。サイトの中ではイギリス人スタッフが大阪人、執事、侍、野郎、お嬢様のそれぞれ特徴あるセリフを英訳しているが、お嬢様のオホホという笑い方がtee hee heeと訳されているとの事。え、そうだったの? と、ちょっと動揺気味。

私に生の実践英語をたんまり教えてくれた人たちは、よもやオホホなどと笑うタイプではなかった。教えない事もだいぶ耳で聞いて覚えてしまったし、それは覚えんでいい、と後から言われたものもある。時既に遅しでそう言われたものに限って記憶に鮮やかに残ってしまう。ウエンディはまさか危ない言葉は使わないし、年齢的にも古い、保守的な語彙を使うと思うが、上品とは違った根っからのワーキングクラスの英語だ。tee hee hee を初めて知ったのはそんな彼女からのメールで、ウエンディがオホホだなんて想像もつかないからてっきり「アハハ」くらいの庶民的な笑い方と思っていた。

果たしてtee hee hee がお嬢様のオホホに相当するのか、いろんな人に聞いてみたい。

Monday, 15 August 2011

雪なの?どうなの?

5月の記録破りの暖かさに続いて今日は記録破りの寒さとなった。何日も警告が繰り返しテレビ、ラジオで流れて皆予想はしていたと思うけど、毎年雪が積もる南島、北島一部の土地では積雪量で記録更新。普通雪が降るけど積もらない土地では初積雪。普通降らない土地では何十年ぶりかの雪あるいは文字通りの初雪に、全国が震えあがった。オークランドでは70年代にそれらしきものが空から降ったが、はっきり雪とわかるものが降ったのは30年代だったそうだ。そういう訳で、今日空から一瞬降ったものが雪なのか、ちがうのかで喧々諤々。雪だ、いや雹(hail)だ、いやみぞれ(sleet)だと大の大人が真剣にこの大問題に取り組んでいる。気象士が雪は結晶からできていると説明したり、graupe(あられ)という単語を出してきたり、だんだんややこしくなるが寒い事に変わりはない。みぞれだと思うよ~。

Saturday, 13 August 2011

アメリカのテレビ番組

有料テレビに加入する余裕はないからCNNやFoxは見れないけど、アメリカのニュース番組では唯一PBS Newshourが毎晩見れる。で、いつも思うのが、アメリカ人はようしゃべるなあ、と言う事。英語が流暢にしゃべれるようになりたいけど、あそこまで息も継がずにしゃべれなくてもいい。口下手な人がテレビに出る訳はないけど。番組では、政治、経済、社会、国際問題などを専門家や評論家を交えて討論する。そりゃ喋るわ。

毎晩ではないけど、番組の最後に戦死した人達が一人ずつ紹介される。写真と個人の名前、階級、年齢、出身地が画面に出て、厳粛な音楽が流れるだけ。写真と苗字を見る限り、白人、黒人、ヒスパニック系分け隔てなく亡くなっている。最も心痛むのはほとんどが二十歳そこそこな事。あれはたまらない。もちろん家族持ちであろう年齢の人、はたまた司祭も運命は免れない。先週アフガニスタンで米軍ヘリコプターが撃ち落とされて海陸空軍併せて30名が犠牲になった。ほとんどがSEAL (sea air and land)と呼ばれるエリート特攻部隊に所属していて、きのうの番組終わりでは30名が一人ずつ紹介された。SEAL一人育成するには何年もかかると言われているが、やはりきのうの人たちはほとんどが三十代。二十代は2~3人。将来が有望視されていたんだろうな。
 
明日は終戦記念日。NZの人にとっては普段と変わらない日。会うことのなかった叔父さんを想う日。父に聞いたところ相当頑固だったらしい。家系だな。おばあちゃんは死ぬまで後悔したそうだよ。

The Ode
They shall grow not old, as we that are left grow old;

Age shall not weary them, nor the years condemn.
At the going down of the sun and in the morning
We will remember them.

Thursday, 28 July 2011

冬ですけど

言った方がいいかしら?

時候のご挨拶だからね。

すごく寒いのに?

日本は暑くて皆さん大変みたいよ。

気分が乗らないなあ。

気持ちだからね。

……

暑中お見舞い申し上げます (ブルッ)

Friday, 22 July 2011

マーチングバンドの品定め

ケアンズからわざわざ来たのかな?
Oh when the saints go marching in... と、踊りだしてくれてもヨカッタンダケド。
無難で賞。
ユニフォームで減点!
後ろ姿もなかなかヨロシイ。
私はブラスバンドのマーチを見るのが大好きだ。天気予報がめでたくはずれた今日、各地ブラスバンドがタカプナの大通りを次々と行進してその器量を競った。すばらしいコリオグラフィー対伝統的な整然とした行進、奇抜なユニフォーム対シンプルな正装、老若男女混合のでこぼこの背の高さ(プラスお腹の出具合)対統一された体型とどのチームもそれぞれ個性たっぷり。吟味する審査員がちょっと邪魔だったけど、私の好みとしてはやはりお腹に響く太鼓の音、指揮官のかっこよさ、整列の正確さが決め手かな。皆様、お疲れ様でした!

Hair Road でカット

もう何年も地元の同じコリアンの美容師さんにカットしてもらっている。お母さんはあまり英語ができないし、なんせ切るのが速い。世間話が嫌いな私にはうってつけで、切っている間に他のお客さんと韓国語でガハガハ話をされても、なんも悪い気がしない。でも今日は冬季オリンピック開催地決定おめでとう、と言ったら嬉しそうに一生懸命話をしてきた。おまけにフィリピンに旅行した話も出てきて、頭の中で混乱してしまった。

今では座っただけでちゃんとすいてくれるし、終わったらコテできれいに伸ばしてジェルまで付けてくれる(日本ではゲルと言うらしい)。髪の量が並大抵どころではない私にとって、文句を言わずすいてくれる美容師さんはありがたい。日本人だと大抵「多いですねえ!」と言われ、こっちだって悪いと思ってるのに繰り返して行き辛くなる。白人の髪に慣れた人は、すくどころかどうにかボリュームを出そうと工夫するので、私が行くととんでもない事になる。お母さん、紫やらピンクやら金髪のストリークでいつもビックリさせてくれるけど、これからも宜しく。
  
パートの求人に応募したところからインタビューに呼ばれてもこれで大丈夫。あ~さっぱりした。

Thursday, 21 July 2011

クライストチャーチを愛したスパイ??

アメリカのスパイはCIA,ロシアのそれはKGB,イギリスはジェームスボンド。ん?いや、MI5とMI6。小国NZといえど機密機関がいっちょまえにあって、最近ではワイホパイという所にある巨大なパラボラアンテナの破壊を狙った活動家たちが逮捕され、裁判で無罪放免になって国民はあっけに取られた。なんでも国民の利益を守るためにやったという被告の口頭弁論が通ったとか。被告の一人は聖職者、どうなっているんだか。

イスラエルのモサドは世界最強のスパイと言われているが、実はNZで耳慣れた名前だ。というのは、数年前に障害者のパスポートや身分盗難で捕まったお二人がイスラエル人で、そうと認めなくても工作員という事になっているから。新聞テレビでお顔がNZ中に報道されて、刑期を終えると当然即いなくなった。もしかしたらNZはモサドのインターン訓練に使われていたのかもしれないが、映画と違ってあっけなくNZ警察に捕まったスパイに気抜けしたのも事実だった。

ここに来て再びモサドの名前が挙がったのは、クライストチャーチの地震で亡くなった若いイスラエル人が工作員ではないかという疑惑が洩れて、いっぺんにワクワク議論が持ち上がったためだ。亡くなった方や家族、同行していて助かった友人たちにとっては迷惑この上ないが、サスペンスと「え、どうしよう」という興奮で盛り上がってしまっている。イスラエルから若者がバックパックをしょってやって来るのは珍しい事ではない。なんでも徴兵が終わるとなるべく母国から遠く離れた国へ行ってゆっくりしたいそうだ。皮肉な事にゆっくりするはずのNZで二十歳そこそこのイスラエル人が3名亡くなった。

地震直後にネタニヤフ首相が必死になってキー首相に電話をかけた事、イスラエル外交官が難を逃れた同行の友人を一目散にクライストチャーチから出して国外に飛ばせた事、亡くなった若者が多数のパスポートを所持していた事、実はキー首相がそれらの動向を不審に思って内密に調査していた事。これが今頃になって表面に出てきて、キー首相に「バックパッカー以外の何者でもない」と出鼻をくじかれた報道が油を注いでいる感じ。考えてみたら二十歳でスパイは若すぎるし、パスポートを合法にいくつも持つ個人は多い。噂では日本人でさえ、違法に日本とNZ両方のパスポートを持つ人がいるらしい。

日本領事館からのメールで、最近パスポートの盗難が増えているから注意するよう勧告されたばかり。日本パスポートもNZ同様高値が付くと聞いた事がある。ちゃんとある事を確認。

家が引越しをした後

今日見に行ったら、家はすっかりなくなっていた。

エベレストに初登頂した故ヒラリーさんが、有名になる前に自分でトンカンと建てて亡くなるまで住み続けたレムエラの家は、彼の名を次ぐSir Edmund Hillary Collegiate校に寄贈された。同じように夜暗い中をそろそろと移動して、住宅からクラスルームへ変身。






古い家は見かけはなんでも、頑丈でまだまだいけるはず。タカプナからどこに引っ越したか知らないけど、もう一踏ん張りして新しいオーナーに可愛がってもらって欲しい。 

Thursday, 14 July 2011

家が引越しをする前



NZではよく人が移動するが、家も移動する。


土台からはずして準備完了。車輪が見えるかな?新天地へ向けて出発(タダシ交通量の少ない夜中しか移動してはいけない)。

Wednesday, 13 July 2011

NZと原子力

小国NZの当時の首相が、超大国アメリカ合衆国を相手にけんかをふっかけて25年余り経つ。その後、クライストチャーチで南極観測の協力関係が保たれたのを除いて、ゆっくりと年数を重ねて付かず離れずの間柄になり、今では「お友達」と「同志」の中間まで回復した。パウエル元国務長官が来た時は、オーストラリアが"Ally"なのに対して"NZ is a very, very, very, very good friend."と言う名文句を残していった。アフガニスタンとイラクへのNZ派兵も国連を通して行なわれている。

そもそもの発端は米国海軍原子力船のNZ海域への立ち入りを拒否した事にある。原子力搭載を肯定もしないし否定もしないポリシーでは不十分なため入港が許可されず、当然アメリカは怒って、アンザスの軍事同盟も名ばかりになった。折りしもフランスが南太平洋のムルロア諸島で核実験を行なっていて、自分の家の近所でやれと批判が高まった。翌年にはオークランドに停泊していたグリーンピースの船が爆破され、一人亡くなった。仕掛け人がフランス政府の特殊部隊と分かり、益々原子力への嫌悪が高まったが、それも時が経つにつれて風化されてきたところに福島の原発事故が起きた。

NZの発電は水力が主で、地熱、風力、火力、ちょびっとの太陽発電で残りをまかなう。雨が降らないとダムの貯水量は減り、火力はお国柄えらく人気が悪く、風力と地熱ではとても全国の電力消費はまかなえない。からから天気が続いて電気不足が予想される度に原子力発電が提案されてきたが、そのたび思うのが、450万の人口に本当に原子力発電必要か?