マスク😷をしていると笑顔😃は分かりにくい。見えるのは目と周辺だからシワとカラスの足跡。先日、自分の顔を写真に撮ったら目の下のクマがものすごく人に見せられる顔じゃないのがハッキリ分かった。昔、同期に「ぎょうちゃん」がいた。笑うと目が三日月になってぎょうざの形になるからぎょうちゃん。交流はなかったけどマスクをして笑うとぎょうちゃんを思い出す。ともみは長く付き合ってくれて本当に感謝。くうこもあつこももとこも元気かな。私はこんなに老けたから天国に行ってもお父さん分からないね。
たどる墓山ほととぎす鳴く
my personal diary
マスク😷をしていると笑顔😃は分かりにくい。見えるのは目と周辺だからシワとカラスの足跡。先日、自分の顔を写真に撮ったら目の下のクマがものすごく人に見せられる顔じゃないのがハッキリ分かった。昔、同期に「ぎょうちゃん」がいた。笑うと目が三日月になってぎょうざの形になるからぎょうちゃん。交流はなかったけどマスクをして笑うとぎょうちゃんを思い出す。ともみは長く付き合ってくれて本当に感謝。くうこもあつこももとこも元気かな。私はこんなに老けたから天国に行ってもお父さん分からないね。
たどる墓山ほととぎす鳴く
いただいた白桃を剥いて食べたら父に金澤クンから毎年贈られた白桃を思い出した。スーパーで1ドルのウエハースを見ると何度も小包みにウエハースを入れて送ってくれた尚美さんを思う。れんチンしてとうもろこし丸ごとは江見さん。ポーチドエッグはマルコム。お父さんが好きだった海老の天ぷら、芋、はちみつ、漬け物。嫌いだったひき肉、練りもの、スパゲティ、好きな物だけ食べさせたかった。もっともっと文句言われず好きなだけ食べさせたかった。朝のトーストにはちみつをたっぷりナイフで塗ってから細長く切って食べてた、私もそのうちやってみましょう。
寂しいから話し相手が欲しいけどさちばば居ないね。昔ネコさんがJTBに来たばかりの時どういう訳か毎晩毎晩タダ市内通話をかけてきました。携帯の前の時代です。彼氏ができて用は失くなりましたが、良い事をしたようで実は私が助けられていました。
マルコムじいさんは毎晩メイおばあちゃんと電話で話したそうです。二人がどういう関係だったかは知りませんが、マルコムはお空で待ちくたびれたでしょうね。二人の家は取り壊されずに生まれ変わったようですが、高い塀に隠れてもう何も見えません。終わったね、もういいね。let go. 私も誰か昔のネコさんのような人が現れないかな。天国に通じる電話どこかにありませんか。尚美さん、今年もフィジョアの季節が終わりましたよ。お父さん、今年はいつまでもお陽さまのぬくもりが嬉しい。もう4月です。
父が好きだった産経新聞の一般投稿の一つ。俳句の投稿もあって井原市の人がよく掲載されていた。何て名前の人だっけね、お父さん。
『父の好きな夏が今年もやって来る。横浜でプールから帰ると「あー暑いあつい」と玄関に入っては私が買った亀の足台に先ず座って帽子を脱ぎ、海水パンツやタオルを自分でちゃんと干してお昼を食べて昼寝をした。海パンを全部で何枚送ったかな。
最後の数年はホームに引きこもり、冷暖房完備のおかげで汗をかくこともなくなった。新聞には相変わらず赤線青線を引いたけど、チョキチョキ記事を切って緑色の板に挟むのは減ったみたいだった。おやこ新聞を毎週取っておいてくれたね
今頃、何の心配もなく軽くなった身体で下界を見下ろしてはあれこれ皆とおしゃべりしているだろうな。もうトイレで悩む事もない。痛みを訴える事もない。辛い思いをする事もない。歩けないと落ち込む事もない。
寂しいけどまた会う日まで。』
お元気ですか? 覚えていますか。1回目訪ねたのは去年6月?2月のお誕生日FB投稿で入院されてるのが分かり、コロナの規制がなくなって伺いました。ミニたぬきうどんやらおいなりさんやら持って行きました。2回目は10月、日本語のエッセイを貸しました。3回目は1月、歴史の教科書と赤紫蘇の苗。エッセイなんてすっかり忘れられてガッカリしてたら偶然本が見えて回収できました。そちらの近くのゴルフ場の写真も撮りたいし、教科書も欲しいし。電話してみましょうね。私を覚えていますか?
私はなぜか学生時代から勉強態勢だとお腹がグーグー鳴る。それに加えて睡魔にも襲われてどちらにもどうしても未だに勝てない。学生時代はどうやってお腹を鳴らせないかどうやって目を開けていられるか、勉強よりそっちが必死だった。教えていてもグーグー鳴れば子供は遠慮なく笑う。この歳になるとどうでもいいがなぜ私だけこんなに鳴るんだろう。食い意地が張ってどこでも寝て本当に恥ずかしい。
父はお酒の中でウイスキーが大好きでした。昔、世話になる義兄に超高いジョニー・ウオーカーのブルーラベルを買って持参したら半分父が飲んでしまい腹立たしく思いましたが、当時それだけ好きだったんだ、飲みたかったんだと思ってあげる器量はありませんでした。後でわかったのは安いイイチコで父が我慢させられてイイ理由がない事。自分だけ高級ウイスキーを飲み父が飲もうとすると「あなたにはイイチコがあるでしょう」とはイジマシイ本性を見せつけられました。あなたの金の腕時計を勝手に売っぱらった人から子供はイジマシイと言われて育ちましたよ。ジョニー・ウオーカーのグリーンラベルがあるそうです。今度はあなただけのために買って持参しましょう。
父の親友は金澤廣太郎さん。もとい、礦太郎さん。お互い長生きしたけど片や横浜、片や奈良に住んでいて晩年はもちろん行き交う事も電話で話すことも手紙のやり取りもできなくなりました。いや、本当に出来なかったのだろうか? 私が恵さんの協力を得て少し工夫すれば二人なんとかできたかもしれません。脚は弱り耳がすごく遠くなり字を書く手も疲れ果てたけど、
電話をスピーカー機能にして音量を最大にして、子機も同じようにして同時に使えば聞こえたかもしれないね。そしたら喜んでくれたかなー。
金澤くんからの手紙は私が何通も持っていましたが、お父さんの旅立ちの際に写経と一緒に持たせました。最後は何年も会ってなかったけど同じ歳まで頑張ったんだからあちらで再会してもすぐ顔は分かったでしょう。
良い友達に巡り会えて幸いでしたね。良い父に巡り合えて幸いでした。