Wednesday, 18 April 2012

ta と tata

ありがと、と バイバイ のことです。幼児に向けた言葉ですが大人も結構使います。短くて飾らない、簡単すぎるほどのことばの方が、相手に分かり易く、しかも気持ちが率直に伝わると思うのですがどうでしょうか。幼児向けの絵本に、ジェズ・オールバラ作/絵の "Hug” があります。私が図書館で見つけたのはその日本語訳です。子ザルがジャングルで母親を探し回るのですが、出会う動物たちにはそれぞれHugする相手がいて、独りぽっちの寂しさに耐え切れずとうとう泣き出してしまいます。出てくる単語は3つで邦題は「ぎゅっ」。 ほのぼのとする一冊です。 もしNZに来ることがあって、小さい子と話すことがあったら、ありがとの代わりに「タ!」、バイバイの代わりに「タタ!」と、思い切って言ってみてください。

給食

私は子供の頃から食べるのが遅いせいもあって、給食に良い思い出はありません。おかずを急いで食べた後に残ってしまう食パンを、最初は隠して持って帰っていたのですが、それもバレて教室掃除のなか居残りで食べされるようになると、苦痛としか思えなくなりました。



NZの学校に給食はありません。お弁当を持って行くか、売店でお金を払って買うか、さもなくば空腹のまま過ごすかのいずれかです。イギリスのアイドルシェフ、ジェイミー・オリバーが学校のランチ改革に乗り出したテレビ番組では、生徒がカフェテリアで自由に選んで食べていました。日本の給食をさてなんと訳したらいいものか考えていたら、昔おなかをすかせて他の子のランチを見ていた子供がいたのを思い出しました。


各学校はデサイル(decile)といって、その地域の社会経済性を基にした1から10までのランクで分けられています。経済的に豊かな地域だと自ずと学校のデサイルが高くなり、教育に対する貢献度、関心度も高くなります。その反面、最低限の生活が精一杯の地域では学校のデサイルも低く、空腹でお昼も持たずに学校に来る子供たちの教育水準が反映されてしまいます。


自腹をきって食事を与える先生、学校に食べ物を寄付する業者が裏方で頑張る中、小学校への牛乳の無料配布が44年ぶりに復活するという朗報が、最近ニュースで大々的に伝えられました。大手酪農企業の善意ですからマーケティング効果を狙っているといわれればそうでしょうが、炭酸飲料が牛乳の半値以下で買える国で、児童の健康と歯を守って少しでも教育につながるのなら、両手を広げて歓迎したいものです。

九九

九九は本当に苦手でした。頭が悪くて覚えられないのと、ちょうど習う時期NZにいたために、英語と日本語がこんがらがってしまったのです。NZの九九は9段にとどまらず12段まであります。学校に行くと教室で声を揃えて12 x 12 = 144 まで練習し、二人ずつ先生の前に出されて、どちらが早く答えられるか競争させられました。家に帰ると母親に鬼の形相で、なぜ九九が日本語で覚えられないと詰問されました。おかげさまで時間が経って両方できるようになりましたが、子供ながらにえらい目に遭いました。

師、遠方より来たる

むかし働いていた頃に駐在だったI氏から、オーストラリアに行くついでにNZにも足を伸ばすから会いましょうと、わざわざメールを頂いたのが数ヶ月前。当日、小雨で涼しい中12年振りにお会いして、相変らず実直なI氏に心がポカポカ暖まりました。駐在の任期を終えて帰国されたのが18年前。当時もトップとボトムでお話しする事はめったになかったし、帰国されてからはたまにNZの新聞を送る以外、年末年始のご挨拶を(しかもメールで)申し上げるしかないのに、どうしてこんなに細く長く続くのか、考えてみたら不思議です。

I氏との約束の前日に、1ヶ月前に訳したものが拙すぎて使えないと言われました。「使えない」と"stupid" は、何度言われてもいやな言葉で、その度に消えてなくなりたくなります。翻訳もあえなくここまでと途方に暮れていたので、数時間でも懐かしい人とお話ができ、大げさですがおかげさまで命の洗濯ができました。
駐在の中でも、特にI氏がアンカー(碇)のように感じられたのは、そのお人柄のせいかもしれません。自分が昔の彼と同じ年齢になった事にふと気づいて、いやに情けなく感じますが、わざわざ地球の裏側のNZで出会うなんて、良い時に良いところにいたもんだと今更ながら思います。

私もI氏のお子様3人もNZの現地校に行きました。子供だった時分の苦悩と経験を思い出しながら、I氏の親としてのその頃のお話を聞いて、へ~そうだったのかと思ったりしました。お互いの親、子供には言わないことを、ノートを比べるようにして話すのも、案外おもしろいものでした。結局それだけ年を取ったということですが、それでも思い出話というものは、聞いてくれる人がいないとできません。昔の話など使えないと思う人もいるでしょうが、どうぞそうとは口に出さないで、たまには少しだけ聞いてやってください。たまにでいいですから。