Tuesday, 6 March 2012

オランダのおばあさん

勤めていた時、オランダから移住した同僚と隣り合わせに座っていました。彼女は毎日会社から家に電話をかけては、オランダ語と英語のちゃんぽんで話すため、家の中の様子が筒抜けでした。典型的な家族中心社会では普通なのでしょうが、それにしても一緒に住む家族とよくこれだけ話す事があるものだと感心しました。ある時、彼女の母方のおばあさんがオランダから訪ねて来られました。高齢で長旅もこれが最後だから歓待してあげてほしいとお母さんに言われたとかで、あまり乗り気でない彼女も渋々ご機嫌伺いをしているのが、お母さんとの電話での口調からよく分かりました。

滞在中も体調がすぐれず医者に掛かりっぱなしのおばあさんの世話で、お母さんは大変だったようです。結局だいぶ具合が悪くなって、たしか予定より早くお母さんが同伴して、保険を使って帰国されたと思います。昔の話で覚え違いがあるかも知れません。お見舞いに鶴を折って、戦時中のことがあるから無理強いはしないよう言い含めて同僚に渡したところ、喜んでいたと後日報告してくれました。

しばらく経って、おばあさんが亡くなったと同僚から聞きました。皆が驚いたのは、亡くなる予定だったけどその前に息を引き取ったということに対してでした。オランダでは逝く時を選べると一般知識として知っていましたが、実際身近で話を聞くのはちょっとショックでした。NZでは子供が年老いた末期の親に懇願されてほう助をし、有罪となって受刑した例がいくつかあります。Palliative care (緩和ケア)が行き渡らないのか、在宅では無理なのか分かりませんが、医療と人権と場合によって宗教との併さった議論がその度に繰り広げられます。

NZ手術体験

10年以上も前の話ですが、産まれた時を除いて唯一の入院経験をNZの病院でしました。幸い事故でも大病でもなかったのですが、なんせ初めての手術なので、事前に英語の医療用語を辞書で調べたり医学の手引きとにらめっこしたりと、自分の事で自然と力が入りました。婦人科の専門医にkey hole (腹腔鏡)かと聞いたらキッと睨まれ「筋腫(fibroid)が大きすぎてそれでは出せません」と言われたり、数日で仕事に戻れるかと聞いたらまたキッと睨まれ「開腹するんですよ」と言われたり、何しろ初めてづくしで目が点になることが多々ありました。心配もいささかあったので、自分のために千羽鶴を折って当日持って行くと、職員一同に大変喜ばれました。先に手術に向かう別の患者さんに手を振りいってらっしゃいをして、ナースにbowel movement today? (今日大便は?)と聞かれ、麻酔医からgeneral (全身麻酔)の説明を受けて、気が付いたら病室で寝返りを打とうとしてナースが慌てていたのを未だに覚えているのだから不思議です。その後は、お決まりのpass wind? (おなら出ました?)を聞かれて順調に回復し、優雅に出されたアフタヌーンティーなぞ飲んでいたらどんどん歩きなさいと言われました。予定通り3泊4日で無事オツトメを終え、医療保険の元を取った事に当時は優越感を抱いていましたが、医者の世話にならずに済むならそれが一番だと年と共に最近特に思います。

Sunday, 4 March 2012

kick the bucket

慣用句や言い回しにも色々あってbring a plate(一品持ち寄りのことでお皿だけ持って行ってはいけない)、across the ditch (NZから見てオーストラリアのこと)など、意味が分かるとなるほどと思ってしまいます。kick the bucket (往生する)を覚えたのは翻訳の先生からで、たしかhair of a dog(迎え酒)も彼女に教わったのではないかと思います。もともと看護師だった彼女はオランダから移住したての頃、NZの病院で使われる言葉が口語体丸出しなのにびっくりされたそうです。バケツや犬を使った言い方を果たして患者さんから教わったのか、はたまた同僚から覚えたのか知りませんが、ちっとも気取ることのない先生の顔と声を思い出す時、これらの言い回しを思い出します。    
“The bucket list” とは死ぬまでにやりたい事のリストで、先日これがタイトルの映画をテレビで見ました。映画では主演のジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンが、リストに書かれたやりたい事を一つずつ達成しては線を引いて消していきます。まずはパラシュートをしょって飛んでいる飛行機からジャンプするのですが、実際スカイダイビングというのはbucket list に多いそうです。私だったらたとえ映画のように余命あとどれ位と言われても、空から落ちるよりは大好きなアナゴ寿司を食べに日本に帰って友人たちに会いたいと思いますが、平凡すぎてリストに載らないでしょう。

台風一過

天候が荒れて大きな被害が出ることは過去にもありましたが、どうも近年その頻度が高まったように感じます。そう言えば「50年に一度起きるか起きないか」の大洪水が続けて起きた地域もありました。Climate change (気象変化)云々の議論はさておき、冷夏が恨めしい分よけいに悪天候には腹が立ちます。Weather bomb という物騒な新語もでき、要注意の低気圧が接近すると、気象予報で一覧の警告を伴って繰り返し使われます。昨日、全国が見舞われた低気圧は981ヘクトパスカル(hPa)だったそうです。「ボム」に備えるよう丸二日連呼され、予報が見事的中しました。風にもstrong wind, blustery wind, gale force windとありますが、強風、猛風、暴風と強くなってgust(最大瞬間風速)で建物の屋根が飛んだり、電柱が倒れたりします。

暴風がやんで、もろに影響を受けた地域からはお馴染みの復旧の様子がニュースで伝わってきます。倒れて道路を塞いでいる木をどけたり、電線を繋げなおしたり、屋根に一時しのぎのカバーをかけたりと、幸いこの近所は折れた枝や幹が散らばる程度で済みましたが、時間を惜しまず作業に取り掛かる消防士、電線技師、非常職員の姿にはいつも本当に頭が下がります。
 

Thursday, 1 March 2012

長母音

日本語にも英語にもある長母音ですが、中国語にはないそうです。香港から移民した生徒が話す英語はどれも短母音で、Noと言う時は「ノ!」と弾丸の如く素早く耳の脇を通り過ぎます。それをどうにか伸ばして伸ばしてと、しつこく大げさに繰り返し、やっと「長い音」の意味が分かったようです。互いに向き合って口を大きく上下左右に開けている姿は、傍から見るとさながら福笑いのようではないでしょうか。最近はLong vowel (長母音)と注意しただけでちゃんと言い直せるようになり、しめしめと一人満足感に浸っています。次は二重母音ですがこれは日本人の生徒も苦労します。日本語ではあまり使わない下顎を、外せと言わんばかりに酷使させるのですから習う方も大変です。顎がミシミシメリメリ言う度に喜ぶ先生を、一体どんな人だと思っているのでしょうか。顎を外さないよう気を付けてください。

魔法の言葉

Magic words。何かワクワクさせるような言葉ですが、実はthank youと pleaseの二つの言葉を指していて、子供のしつけに使われます。子供が大人に向かって“Can I have some?” (ちょっとちょうだい)などと言うと“What’s the magic word?” (魔法の言葉は?)とすかさず聞かれます。すると子供は慌てて“Please” と付け足します。つなげて初めて「少しいただけますか?」というきちんとした文ができるわけです。もちろんNZ中の子供が皆お行儀良くて聞き分けが良いかと言うと、そんなことちっともありません。でも、最初にこの「魔法の言葉」を発明した人は、どんなに想像力がたくましくて心の広い人だったんだろうと考えるだけで、何やら心底あったまって来るから不思議です。


私は大人になっても“Yes, Please” “No, Thank you” が言えたら素敵だと思い、移民の人たちに英語を教える時、何度も自分で使ってみせます。真似してくれたらこっちのものです。ハリポタでお馴染みのmagic wand (マジックウオンド:魔法のつえ)はないけれど、彼らが魔法の言葉を広めてくれたら何も言うことはありません。

また失敗

いろいろあって自分は果たしてばかなのか、それほどでもないのか相変わらず自問自答を繰り返しています。でもきのうは、英語教室で毎週会う台湾出身のジーンにメルアド聞かれたし、去年お教室全体で近所に作った野菜畑を生徒と見に行ったし、財布とお腹が空っぽな事に変わりはないけど、良い一日でした。
ジーンは中国語の生徒さんを助けるアシスタント。一人住まい同士と分かり、さっそくフラットの情報交換をしました。どこかに良い部屋はないかと相談中です。野菜畑に一緒に行ったのはロシア出身で190センチのドミトリくん。どもりのため話したいときにうまく話せません。
たまに仕事をくれる人から、大勢に向けて定期コラム募集が呼びかけられたのは数日前。やめときゃいいのに出さないと仕事に響くかもしれないと、ブログ的に書いたのをいくつか出したら、なんかすごい感激と重圧感です。もちろん報酬はありません。毎日は書けないとごめんなさいしたら書けた分から送ってくださいと言われ、すっかり墓穴を掘ってしまいました。

英語の間違い

英国では別れる際に“Good Day(ごきげんよう)” がよく使われるようです。気品に満ちていますが私は思わず舌を噛みそうになります。親しい間柄の人通しだとこちらではよく最初にGedday! と言います。とてもくだけた言い方で、男性が言うと「よう!」女性が言うと「どうしてる?」といった感じでしょうか。私にとっては、どんなに長く外国に住んでも使いこなせない、使っても戸惑いが隠せない言葉の一つです。関東人が関西弁を無理にしゃべると不自然なように、何か決定的なものが欠けているように思えるのです。日本人特有のはにかみがあるのかもしれません。

会社勤めをしていた時に、レセプショニストが辞めることになったので代わりの人が入社してきました。彼女は南アフリカからの移民で身だしなみも申し分なく、背筋もピンとして大変優雅な雰囲気をかもし出す女性でした。引継ぎもうまくいったようでじき一人立ち。

たまたま私が受付の傍を通った時に電話が鳴りました。彼女は落ち着いて受話器を取り上げ開口一番、“Gedday !”


お客様に向かって「よう!」と挨拶したのでした。


慌ててそれは言ってくれるなと頼みましたが、もしかしたらGood Dayと勘違いしていたのかもしれません。忘れられないエピソードです。

eat on this side

NZの小学校にはデンタルナースが常駐しています。授業中にもかかわらずナースからお呼びがかかると行かなくてはなりません。あのチュイ~ンというドリルの音、ナースのマスク、いすの背もたれを後ろに倒されて逃げられない体勢がMurder House (殺人鬼のいる家)と呼ばれる所以です。終わると左右どちらかの手の甲に赤ペンでeat on this sideと書かれます。こちら側で食べなさい、ということです。こちらの人は大人になっても(紙がないと)何でも手の甲に書きます。まさか歯医者で書かれることはもうありませんが…。自分のPalate(口蓋)がどんなものか触りながら訳をしていたら、急に昔を思い出して思わず口を手で覆ってしまいました。


経費節減の折、近々各校常駐のデンタルナースが居なくなって移動式の歯科クリニックが巡回するようになるそうです。時代の変遷ですね。

アメリカ式綴りとイギリス式綴り

Flavour, mould, anaesthetic, oesophagus, centre, analyse, dialogue, programme, licence。


ワードで言語を米国英語に設定してこれらの単語を見ると、赤い下線が引かれてスペルミスと表示されますが、設定をNZ英語に変更すると下線が消えてなくなります。本来はどちらの綴りでも正解ですが、設定上英国式の綴りが正解とみなされるのです。どちらでも一緒じゃないかと言われても、書き手/読み手が普段どちらを使っているかによって違和感や不具合が生じてしまいます。書き手が読み手に合わせて臨機応変に頭を切り替えられたら何も問題はありませんが、長年一つを使い続けて、タイプするにもそちらに凝り固まってしまうと、何やらもう一つの方がとても不自然に感じられます。

不自然といえば最近の省略文字にも閉口しています。lol (lots of laughter) はさしずめ日本の(笑)でしょうか。cul8a (see you later) は「また後で」。コチコチの頭にはこれら基礎編でもうお手上げなのに、上級編はもはや言語の粋をはみ出ています。フレキシブルに対応したいのはやまやまですが。

「アスペルガー症候群」

「親がその子のために与えることのできる最上の贈り物は、安心感と自己肯定感である。」岡田尊司著、幻冬舎発行、167ページ。

1990年代はじめまでにNZのほとんどの精神病院が閉鎖あるいは縮小し、以後は治療を要する人も、入院させて社会から隔離するのではなく、コミュニティ(地域社会)で生活するようになりました。「エンジェルアットマイテーブル」などで有名な女流作家ジャネットフレームも、その昔精神病院で長年過ごした一人です。ケアの補助不足や世話をする家族のレスパイト問題が相変わらず取り上げられる中、私が利用する近所の図書館に頻繁に足を運ぶ青年がいます。いつも大きなスポーツバッグをいくつもひっさげて、コンピュータの前でノートに何やら必死になって書き込んでいます。コンピュータが途中で時間切れになると、大きな声をあげて予約画面にダッシュし次の予約を入れます。その他にも大きな声を出すことがありますが、常連の私はもう慣れているので、目が会ってお互いニッコリすることもあります。彼は韓国からの移民です。親御さんはどんな思いで彼を連れてはるばるNZに渡って来たのでしょうか。いつも臆することなく一人で図書館に来てもくもくと勉強する彼。立派にコミュニティに溶け込んでいる風に見えますがどうでしょうか。