Monday, 31 December 2018

日本の新聞

私は割と早い年齢から新聞をよく読んだ。紙の新聞を。働いていた時はいしいさんが読み終えたにっけいを分けてくれた。父が夏こちらに来ていて、プールのにわさんに頼んだらまとめて新聞をすぐ送ってくれた。感謝しきれない。

父はハサミで気になる記事をチョキチョキ切ってしまうので、ヒステリーな母はニ紙とっていた。それもホームに移ってからは誰に気がねする事なくチョキチョキできて、毎週日曜日のクイズは職員さんがわざわざ下さいと取りに来るので喜んだハズだ。

オンラインで日本の新聞を読むのは、やむを得ないし有料記事は途中で切れるけど何より有り難い。お馴染みさんけい新聞は記事も読むがそれより投稿やエッセーが見たい。残念ながら私の一番好きな朝の詩(うた)はオンラインで見れないし、ひなちゃんの漫画も紙だけだ。でも「きのうきょう」「夕焼けエッセー」はなかなかほっこりする。あさひ新聞は偏見があって紙では読まなかったが、オンラインは読みやすくて改心したとも言える。花屋の記事、台所の話となかなか良い。

今度日本に行ったら駅のキオスクでさんけい新聞を買って、一部は赤青鉛筆で線を引きながら、日曜日版はすいとぴーに持っていきたい。


宗ちゃんの故郷

金尾の宗高くんと弟の秀ちゃんは、四国の高松で産まれたので、長男のなおたかおじさんとは違う「高」という字がついたそうです。

なおたかおじさんとは年子でお母さんが大変だったため、赤ちゃんの時から八日市のおばあさんとおじいさんの元で育てられ、学校に行く年齢になるとおじいさんに連れられて実の親兄弟とは言え初めて会う家族のもとにやって来たそうです。

宗高くんは詳しい事を知らされてなかったけど、何か不審な空気を感じ取り、夜寝る時にしっかりと隣のおじいさんと自分の手を腰紐でしばって寝ました。置いて行かれるイヤな予感がしたわけです。

案の定、朝起きたらおじいさんは紐を解いて一人で帰ってしまった後で、宗高くんは「裏切られた」と一人取り残され、2日間ウオンウオンと泣きあかしたそうです。

繰り返し話してくれた懐かしい昔話の一つです。

今と違って電話も何も無い時代です。父はおじいさんとおばあさんが大好きでした。田舎者と言われようが「宗ちゃん」にとって美星町八日市は確かに故郷でした。

あなた等の知る子はこんなに老けました
辿る墓山ほととぎす鳴く 宗高

弥生台のお墓に行く脇道の横に小川が流れて「蛍生息」の看板が立っています。話すだけで一緒に見に行く事はなかったけれど、これからは自由にここでも八日市でも好きなだけ蛍を堪能してください

Sunday, 30 December 2018

宗ちゃんの故郷

 
 
八日市の「隠居家」は、そもそも三宅のご隠居が本家と分家から独立して作ったいわゆるおまけです。

年取った御隠居が一線から退いて次世代に家督を譲ったけど、自分は身の回りのお世話をしてくれる若夫婦をそっくり養子縁組して迎えて「家」を作ってしまったのです。

この若夫婦がもしかしたら原田家から呼ばれたかも。そうすると赤ん坊の宗ちゃんを猫っ可愛がりした「猫んばば」の原田たかのさんと、宗ちゃんを育てたお祖父さんお祖母さんであるこの若夫婦が兄弟関係にある可能性が出てきます。

若夫婦の名前は伊作さんときんさん。二人の間に生まれた三姉妹は長女がヨシさん、二女が照代さんで三女が蝶さんです。

若夫婦は三人の娘達に何はともあれ出来るだけの教育を受けさせ、学校も女の子の足で往復何キロも歩いて通ったそうです。おかげで照代さんも蝶さんも教員の道を歩み晩年避暑で帰った八日市の実家では本家分家の子供達にお習字を教えたそうです。

宗ちゃんは自分も同じように毎年帰りたかったのでしょうが、家も瓦も崩れかけて危ないので更地にして土地もすべて隣の分家に譲渡しました。と言っても金銭的価値がある訳でなく引き取ってもらいました。住む家があれば良かったけど叶いませんでした。

とにかく照代さんは金尾さんと結婚してお嫁に行き、蝶さんは山森さんと結婚してお嫁に行きました。問題は長女のヨシさんです。

戸籍上ヨシさんのご主人は武一郎さんで婿養子ですが、実は伊作さんもきんさんもこの人が気に入らず、二人の事は認めるどころか結婚なんてもってのほかでした。

武一郎さんが次から次へと作る借金のおかげで、伊作さんは畑を売っては返済に回して持っていた土地がどんどんなくなりました。しまいにはヨシさんと武一郎さん二人でトンズラ、駆け落ち。そのうち武一郎さんが病気になり、三宅の婿養子になる条件で許されました。

戸籍上はヨシさんが養母の宗ちゃんですが、大好きなお祖父さんお祖母さんの名前を引き継いで良かったのではないでしょうか。

本家と分家の先代はひとしさんとかくじさんでした。お寺さんは浄土真宗岡山県井原市西明寺。伊作さんが熱心に寄進したそうです。隠居家は途絶えますが八日市はこれからも栄えますように。

Saturday, 29 December 2018

居場所がない

日本では自宅難民と言うそうだ。もともと粗大ゴミ扱いされるお父さんを指したが、今では同居のお嫁さんも家に居づらいと行くあてもなく放浪するとか。私もいなげやの休憩所に助けられたなぁ。金があればマクドとかに入れるけどそうもいかない。日本はただ座れるところが本当になかった。ニュージーは今もこうして図書館に居られる。インターネットも使える。職員の当たり外れがあるし祝日は入れないけど充電もできるし文句は言えない。雨の中歩くのは好きでないがバスシェルターがあれば腰掛けられる。

おじいちゃんもよく歩いたね、もう自由だよ。邪魔されない居場所があればそれは幸いなこと。
歩きながら撮った写真を葉書きにして出そう。

Thursday, 27 December 2018

Thoughts of 2018

I love TV. Watched Cirque du Soleil on Xmas Day, it was delightful! I am so glad I could watch it. Then I watched "Wasted" yesterday.  The topic of food waste, yes but more so seeing the face and hearing the voice of a chef again who departed this world months earlier.

Two of the many souls that chose to cross the rainbow to heaven this year, Greg B from TVNZ and Anthony B the chef. Greg was so likeable. Chef I thought was outrageous with his smoking habit but gave such a joy. Both were very handsome and seemed they had everything to live for. Were they impossible to please or were they very ill?

My niece has been staying at home for over a decade now. Her mother is the barrier picking what's desirable and what's not. For whom? Looks like I will be blamed for suggesting unhelpful ideas and I will be blamed for not doing enough. Whatever. I will enjoy my niece's presence, "accept her while she's here." If that's not enough and I get accused, that's her business.

Both men left tapes and images to remind us what they sounded like and how they talked like. That's good. I heard somewhere, Buddhism preaches that a body is merely a shell to carry your soul around. The more you remember, the more they rest in peace.

Two of my family members also chose to die early in life. Free from suffering in the hands of tormentors now. I will remember you.

Friday, 21 December 2018

Dear Dad

Your granddaughter was interviewed by a professional journalist the other day. Her parents were there in the background and never noticed they were being filmed as well. A bright confident good storyteller Esther proved to be. And I remembered when you were interviewed many decades ago.

We moved from 136 Paritai Drive to 11 Nihill Cres in June or July 1970, I presume. Because I am sure we arrived in NZ in May of that year and spent some time at Orakei Primary before moving to Kohimarama Primary School.

The interview was conducted at our place in Mission Bay, that's for sure. And somehow I recall the journalist was the mother of a girl in my new class. Forgive me if I was wrong but could it be Nicki Meikle's mum? And they lived in Patterson Ave?
I hope I don't get sued or anything for indulging in old memories.

I don't know how long before it appeared on NZ Herald. But your smile, I have no doubt the best PR for Mitsubishi NZ, the best boss for staff and family back then.

Dad kept the original clipping in his scrapbook for like forever but it only took a blink of an eye for some nasty soul to chuck it all in the bin.

Off to Central Library on Friday. 2nd Fl. Research Room, going through reels of microfilm. Happens to be a free bus day after 4pm, yay! Thanks to Hanmei and Epi at the library. Shame on NZ Herald who didn't reply as they said they would.

Love you, Dad.

PS. Yuri had your article!

Monday, 17 December 2018

おばあちゃんとオリンピックへ、おじいちゃんと八日市へ

おばあちゃんとオリンピックへ、という題目で日本語スピーチコンテストに優勝した女性の記事を読んだ。うん、自分一人では、いくら世話をしたくても難しいよね。人に何かと頼らないといけないけど悪いし、遠慮と共に拒否や否定されたら嫌だし、でも助けて欲しいし。

以前私が利用していたバスには、盲導犬を連れた女性がよく通勤で乗りこんで来た。乗客も運転手も彼女をまるで親戚のように名前で呼んで世話を焼いた。

日本でバリアフリーと言う仰々しい名前が叫ばれ始めて長いけど、言われなくても助ける人は助けるようにできてると思う。

父とウォーカーと一緒に新幹線、ローカルバス、タクシーと乗り継いで八日市まで行けて良かった。JRがアシストしてくれて、甥が行き帰り車で駅まで送ってくれて私は本当に幸せものでしたよ。

いいんだよ、助けを求めても。ダメと言われたら次の人に聞いて。大丈夫、お助けマンはどこかにいる。

Friday, 14 December 2018

NZヘラルド

姪がインタビューされたと聞いて、今か今かと発行を待っている。



今は紙じゃなくてオンライン、写真じゃなくてビデオなのね。


父も昔NZに来て間もなく、ヘラルドにインタビューされ、カッコイイ写真と共になかなか立派な記事が載った。切り抜きをスクラップでファイルしてたけど、他の父のもの共々早々に捨てられた。父が死ぬ前か後かはわからない。どうにかアーカイブに残っていないだろうか。問い合わせに返事はない。


姪の来月の誕生日には親も妹一家も揃って外遊中。おばちゃんからだと有り難みもないだろうけどお花送るつもりだから。

自信を持ったとても良い話しっぷりだったよ。

Tuesday, 11 December 2018

NZの運転免許証

私は運転しないけど免許証は持っている。10年毎にしっかり更新。もっぱら身分証明書として活躍するが、個人的に大変重要な主張が一つ明記してある。



あなたは臓器提供者ですか? 

はい。事故にあって脳死と判定されたら移植のために臓器を提供します。

残念ながら、運転免許証には拘束力が無いから意思表示でしかない。家族が提供を拒否したら本人の意思など関係ない。だから日頃から家族と話をするよう呼びかけてるが、皆話したい家族がいれば最初から問題はない。

私の意思をてめえの都合で勝手にねじ曲げて、いかにも私のためだと恩着せがましく吐く汚らしい奴は一番惨めな死に方をすればいい。

役に立てればけっこうなことだ。

ちなみに私は12年前にNZ Public Trustに赴いて、死んだら火葬して海に散灰と書き残してある。死んでまで狭い墓に閉じ込められるのはまっぴらだ。広い海でマルコムおじいさんの魂と再会できたら素晴らしい。文句があるならいつでも受取り人を変更してやる。

Wednesday, 5 December 2018

ニュージーの米


私がスーパーで買うオーストラリア米。一番安くてセール中は10キロ$19。いつもは5キロだけど10キロでも抱えて持って帰れた。丈夫な私。これでこの夏はお米の心配がないと思うとストレスが減る。高い日本米が食べられなくても有り難い。
米にはロンググレイン(長粒)、中粒、短粒とあるが、ショートグレインはあまりないのでミディアムを買う。米も炊飯器も安物だと味もそれなりで固いけど、お腹を空かせるよりは断然良い! 良かった。



よしこさんが日本で嵐のコンサートに行くと言うので、小さいうちわを2枚買ってきてもらった。2枚で1200円、$15でお願いします。

今後日本語を教えていて、長く真面目に頑張るファンがいたら差し上げたい。

メンさんも静かに嵐が好きだった。当時は雑誌の記事と写真が精一杯だったけど、このうちわをあげる事ができたらどんなに喜んだことか。
お元気ですか? メルボルンの夏は厳しいだろうけどもうお母さんの元に帰省したかな。良いお年を!

Monday, 3 December 2018

してあげたい

ランドセルを探してあげたかった。おにぎりを食べさせてあげたい。運転免許の教本を探してあげたかった。

してあげたい時が花! してあげたい時がするどき。

日本のカレーを作ってあげたよ。コロッケを作って渡すよ。今年も来週で学校が終わって長い休みに入るので、お子さんがいる人の日本語/英語の勉強は終わり。来年も使ってもらえると嬉しいです。

でも小さな親切が大きな迷惑になっちゃいけないよ。押し付けるのは駄目だ。気をつけないと。指令を出してはいけないんだよ。

おじいちゃんのご飯作ってあげるの楽しかったなぁ。

古希の寄せ書きカードあげたかった。来年結婚45周年記念にワインを。良い日本旅行になりますように。文句があるなら否定したいなら勝手にどうぞ。

その街にはその街の

タカプナに居た時は、図書館でよくコリアンの男の子に会いました。荷物をたくさん抱えてパソコンに向かい大きな声で突然話し出す様子は、知らない人にとっては異様かもしれません。他にも地元にはそれぞれ名物になりたくてなったわけではないけど、浮いて行動が目に付いちゃう人たちがいます。私もできるだけ目立たないよう心がけてますが、ちっちゃいアジアンがまた来たと噂されているんでしょう。

グレンフィールドに住み始めてだいぶ経ちます。背の高いおじさんがよく大きな声で外国語を話しながら早足で歩いています。眼鏡をかけた若い娘さんがよくぬいぐるみを抱いて歩いています。皆一生懸命生きてるこの街の住人です。
高齢のお母さんといつも一緒の多分息子さんもよく見かけます。お母さんは80代でしょうか。腰も曲がっています。お母さんより2倍くらい大きい息子さんは、お母さんを助けているのではなくしっかり離れないようにつかまっています。

何かできる事がないか、勇気を出して今度聞いてみます。



Sunday, 2 December 2018

今日の驚いたこと − 井原市

またまたニュージー大好きで、ピアノの先生を探している人が居たので日本語の勉強に利用させてもらいました。年明けに小学生の娘さんと1年の予定でこの近くに引越すそうで、ケンのピアノ教室と先生を紹介してもらいました。

私からもご挨拶。そしたら井原市に大震災の後住んでいるって! 世の中狭いね。おじいちゃんもビックリ。あなたの故郷ですよ。

ケリーさんは最初津山で英語を教えていたって。陶の本籍地だけど私はまったく関心がありません。まりまりばあちゃんたちが眠っているのは舞子墓園ふたたびすじ教会のお墓。御影みかげに居たのはいつ? 鴨子が原のこと? ご縁があればお墓参りしたいと思います。ときこさんも八日市で一人でごめんね。

今日の驚いたこと − カット

カットに行って来ました。久しぶりにすいて貰ってあ~軽くなった。

今回初めてお邪魔したお宅はよしこさんに紹介してもらったところ。ガレージで$15と聞いてお喋りが苦痛な私はほっとしました。さっさと切って帰れるでしょう。
ところがどっこい行ったら「あっ!」と言われ、なんと私が昔お子さま日本語教室で教えてたグループのお母様でした。本人はもう18歳。お互いすれ違ってもわからないでしょうけど、お母さんが覚えていてくれて驚きました。
この時だけはお喋りが楽しかったです。二度と小さい子は教えたくないけど、懐かしい昔話に時間が経つのも忘れました。
帰り際に娘さんの事を心から信頼していると聞いて、そういえば昔「下の子の面倒をよく見てくれてすごく助かる」とおっしゃっていたのを思い出しました。

次回もカットお願いして良いですか? 良いお年を。

Saturday, 1 December 2018

今どきのストロー

スーパーのプラスチック袋に続いてプラスチック製のストローも販売終了。強くて安くて使い捨てが便利で長持ちしてそこら中に捨てられてゴミが分解されないで、土に還らず死んだクジラのお腹から何キロも出てきてしまった。時代の流れだろうがまさかこういう方向に進むとは。

昨日素敵なステンレスのストローセットをいただいた。


姪はプラスチックを敬遠するけど、これはおしゃれで私もほお〜と感心する。そういえばジョンさんが入院してる時プラスチックストローを持って行って良かった事を思い返した。かと思えば、以前入院患者に大事なティータオルを貸して返ってこなかった事も思い出した。自分が悪いんだからもう変な親切心を出さないようにね。