Monday, 30 November 2020

お父さんへ自然日記


 せっかく紫蘇の芽がたくさん出たのに昨晩誰かにムシャムシャ噛じられたよ。ナメクジの光る足跡付きで。アルミホイルのパイの入れ物に水を張って小鉢を中に避難させたからうまくいきますように。あなたに教わったお米のとぎ汁もカラカラに乾いたところに水を溢れさせるのも覚えているよ。天国でも土を広げて陽にあててますか。朝顔はこちらでは雑草だから買えない、残念。セミの脱殻も見かけたし鳥もよく見かけるし、あなたの真似した蝉や鳥の鳴き声は健在です。自然界の声よりお父さんの鳴き真似が聞きたいなぁ。





お腹グーグーと睡魔

 私はなぜか学生時代から勉強態勢だとお腹がグーグー鳴る。それに加えて睡魔にも襲われてどちらにもどうしても未だに勝てない。学生時代はどうやってお腹を鳴らせないかどうやって目を開けていられるか、勉強よりそっちが必死だった。教えていてもグーグー鳴れば子供は遠慮なく笑う。この歳になるとどうでもいいがなぜ私だけこんなに鳴るんだろう。食い意地が張ってどこでも寝て本当に恥ずかしい。

父とウイスキー

 父はお酒の中でウイスキーが大好きでした。昔、世話になる義兄に超高いジョニー・ウオーカーのブルーラベルを買って持参したら半分父が飲んでしまい腹立たしく思いましたが、当時それだけ好きだったんだ、飲みたかったんだと思ってあげる器量はありませんでした。後でわかったのは安いイイチコで父が我慢させられてイイ理由がない事。自分だけ高級ウイスキーを飲み父が飲もうとすると「あなたにはイイチコがあるでしょう」とはイジマシイ本性を見せつけられました。あなたの金の腕時計を勝手に売っぱらった人から子供はイジマシイと言われて育ちましたよ。ジョニー・ウオーカーのグリーンラベルがあるそうです。今度はあなただけのために買って持参しましょう。


Sunday, 15 November 2020

宗ちゃんと礦ちゃん

 父の親友は金澤廣太郎さん。もとい、礦太郎さん。お互い長生きしたけど片や横浜、片や奈良に住んでいて晩年はもちろん行き交う事も電話で話すことも手紙のやり取りもできなくなりました。いや、本当に出来なかったのだろうか? 私が恵さんの協力を得て少し工夫すれば二人なんとかできたかもしれません。脚は弱り耳がすごく遠くなり字を書く手も疲れ果てたけど、

電話をスピーカー機能にして音量を最大にして、子機も同じようにして同時に使えば聞こえたかもしれないね。そしたら喜んでくれたかなー。

金澤くんからの手紙は私が何通も持っていましたが、お父さんの旅立ちの際に写経と一緒に持たせました。最後は何年も会ってなかったけど同じ歳まで頑張ったんだからあちらで再会してもすぐ顔は分かったでしょう。

良い友達に巡り会えて幸いでしたね。良い父に巡り合えて幸いでした。

Friday, 5 June 2020

淋しがり屋のお父さんへ

今日は晴天の中、何十年ぶりでバスに乗ってミッションベイに行って来たよ。知恵ちゃんの還暦祝い考えて古い家と小学校の写真撮って来たよ。あなたはニュージーランドで暮らした数年が一番楽しかったと言っていた。私はあなたと二人で暮らした時ならいつでも楽しかった。お父さんはあんなに社交的で好かれるのにどうして私は反対なんだ。しょうがないね、あんたは。ちゃんと見守っていてください。1人で寝るのは嫌なんだと言ってたのに1人にしてごめんね。話し相手が欲しかったのにいなくてごめんね。私は暗いなか寝るのが嫌だし話し相手が欲しいし。二人とも小心者でどうしようもないね。

叔母とは

日本語には叔母と伯母があり、同様に叔父と伯父がある。英語だとアンティーもアンクルもシスターもブラザーも一緒くたなのに、やはり古くから縦社会なゆえ上下関係をはっきりさせるのは必須なのだろう。伯母と伯父は親より年上の兄弟姉妹、叔母と叔父は年下である。

私の場合、母方には叔母が二人いる。どちらも血はつながっていない。父方は伯母一人と叔母二人だが、血がつながっていようがいまいが疎遠なまま名前は知っている。博子おばさんに至っては若くして亡くなってしまったし、会った事がないどころか従兄弟二人の名前も定かでない。

5人のおばさんが大丈夫かとまるで声をかけてくれなかったのは、姪に興味がなかったのか、関わりたくなかったのか。考えると私より前にあの母親とやりとりをしないといけない訳だからバリヤーを破る気力がなかったか怖かったかな。私も今となっては分かるけど、でも昔は逃げるところがなくて悲しかったよ。行くとこがなくて住まわせてやってるのに生意気だと。

姪が子供の時に当時唯一の叔母だった私は海外で何も直接声をかけなかった。今は立派な大人だけど、逆に直接メールを出そうもんなら母親にすぐ報告される。また何を言うかと10倍返しは嫌だからもう黙りましょう。向こうも今更何も言わないのだから何も望まれていないんだよ。

誰か私に「大丈夫だから」と言ってよ。

父とガムテープ

父は大変もの持ちが良く、良いものを買って手入れをして長く長く使いました。アルゼンチンで買った良質の靴はまさに一生モノで、よく玄関でまず靴クリームを古い歯ブラシで丁寧に塗り、それから靴ブラシをシュッシュッと左右からつま先かかとまで勢いよくかけるのを見るのがとても好きでした。
長持ちしないものはガムテープでできるだけ長持ちさせました。連れ合いにはケチだの田舎者だの言われてもへっちゃらでした。破れた海水パンツまでガムテープで貼り合わせ、一緒にいた孫におじいちゃんお尻が見えてると言われたと大笑いしてました。プールのカバンの手提げの部分も、貼れるところは貼るのが当たり前でした。残念な事に私は使い捨て派。$2ショップやディスカウントショップで靴も買い履きつぶします。
明日引っ越す先は古い家の匂いがするほどオンボロな家です。取り壊し新築の許可待ちだそうですから修理は頼んでも無理でしょう。新しいガムテープを買って自分なりに直せるところは直して、父からお褒めにあずかりたいものです。空から見ててね。

Sunday, 10 May 2020

父のヘッドホン

今にして思えば父は早くから難聴でした。でも本人は認めるどころか叫ぶ私の声が小さいと言い返されました。ルックスが大事な「ええかっこしい」のダンディな三宅さんでしたから、補聴器を受け入れたのは随分あとになってからでした。 実家のリビングのテレビのボリュームがどんどん上がり、「うるさい!」と母親に疎まれ別の小さい部屋のテレビが父専用になりました。更にうるさいからヘッドホンで見るよう指示されましたが、途中私が新しいヘッドホンを電気屋で探してあげたら喜びホームに移ってからも使い続けていました。 デスクと本棚とソファとテレビの部屋。結果的に邪魔されずこの部屋で一緒に時代劇をたくさん見る事ができました。御宿かわせみ、鬼平犯科帳、剣客商売は特に好きでしたがヘッドホンのプラグを外すと雷雲に負けない音量でしたから、ヘッドホンから漏れる音声と画像で私は楽しみました。 あの部屋はあっと言う間に、もしかしたら父がまだいる頃から、整理整頓され父の書き物、ファイル等は処分されました。残念だけど口を挟めないのでしょうがありません。そうして私も黙る事を覚えました。それでも物は失くなっても記憶は失くなりません。2年弱あの部屋で一緒に時間を過ごせて本当に良かったです。 父の難聴がヘッドホンのせいで益々悪化したかはわかりません。私も聞こえが良い方ではありませんが、余計な雑音や悪口が聞こえなくて良い反面、好きなおしゃべりもままならず電話も敬遠して引きこもったようでかわいそうでした。
コロナの影響で自分の部屋にこもる中、頭上の世帯主のリビングから重低音が響く度に、イヤホンでラジオを聞いていてふと父のヘッドホンを思い出しました。
今は鳥の声も遠くの人の呼ぶ声も何不自由なく聞こえて喜んでいるでしょう。それが一番です。

Saturday, 25 April 2020

感謝


4月25日(土)朝日新聞デジタル
こんな人たちが好きだ
こんな報道が好きだ

Friday, 24 April 2020

移民とマナー、常識とマナー

NZにも他の国と違わず中国人あるいは中国系ニュージーランド人が多数住んでいます。最初の中国人移民は19世紀末ですから、その人たちの子孫はもう5世でしょうか。残念な事に中国語は話せない人がほとんどだと思います。外観はアジア人でも考え方は当然ニュージーランド人です。それでも最初に南島の金鉱で文字通り身を粉にして働いた先祖やオークランドのマーケットガーデンを一から始めて今の大規模農家にまで発展させた中国人移民に敬意を払うのは彼らの子孫に限りません。

一緒にしてはいけないのが最近の移民です。

マナーなのか常識なのかわからないけど、移民が多いと文化の違い、習慣の違いでイライラ、誤解、溝があっという間に出来上がります。特に許容範囲の狭い私は瞬間湯沸かし器に即変身します。

手前の家が年末に急に空っぽになって、年が明けてから夫婦らしきアジア人がせっせと手入れをしていました。家に入る時に顔を合わせ、少ししたらその女性が玄関の外にいます。次の瞬間私の部屋の窓ガラスを手のひらでバンバン叩き付け、同じように玄関ドアも叩き付けます。開けてもいきなり中国語。Speak Englishと言うと一言も言えません。ドアを閉めると帰って行きました。

年末からボランティアで英語をおしえたカンボジア人女性。難民として30年前に移住し子供を4人育てたのにアルファベットもおぼつきません。その上お菓子を受け取れと人のバッグを掴んでまで押し込み強要します。指定時間に来た事はなく図書館が閉鎖され来るなとテキストしても平気で来て側に寄り植え込みにツバを吐きました。今まで周りに助けられてそれが当然なのでしょう。私にはできません。ワイヘキの日本人女性も30年いて助けられるのが当然のようです。助けたいと思わせる方は自分でとっととかかります。見習わねば。


臭い息

歯医者に2年行かないせいで息が臭いんだとやっと気付く。でもお金の心配をするスキにあれよあれよという間に外出禁止となり、もちろん歯医者は命がけのコロナウイルス。口が臭いのは自分でも分かるし、恥ずかしいから解禁になったら迷わず行こう。高い今の歯医者は最後かもしれない。

日本では加齢臭が普通に取り沙汰され久しい。いまだに結局それがどんなにおいなのか分からないが。だれでも年は取るもの。嫌なら近付かなければいい。私は父のにおいが大好きだ。髪のバイタリスのにおい、おじいちゃんのにおい。財布のにおいも薄れてしまった。

出しそこねたカード

ウイルスでまさかこんな事になるとは想像もしなかった頃、行こうと思い立ったけどバス代をケチってウジウジしていたところが3つ。

名古屋の尚美さんの80歳のお誕生日にカードを出そう! しかもキミさんを訪ねてビデオを取って一筆書いて貰ったらどんなに喜ぶだろう。3月中にポイントシェフに行ってカードを出さないといけないのに訃報が届きましたよ。今はフィジョアを拾って食べて尚美さんを慕い思い出してます。切ないねぇ。
尚美さんにはブローチやらいろいろ頂いて、困ったら売ってお金にしなさいと言ってくれたけど持って行ったらイミテーションでした!ほっとしたやらおかしいやら。残りは大事に取っておきます。まさか形見になるとは。悲しい。

敏子さんのお見舞いも、感染しても疑われても嫌だしと言ってる内にだめになりました。雪見だいふく持ってまたいつか。卵焼き、いなり寿司、大根おろし。

3ヶ所目はミッションベイの噴水とコヒマラマ小学校。12月の還暦に出すカードに添えて昔懐かしバングルスとビーツ缶他も送りましょう。今や喜ばれたいよりも自分のための義理カード。バスが復活したらとっとと行って写真撮って来ます。仕事だからね。

加藤先生とマスク

加藤礼子先生は久中1年G組の担任だった国語の先生。優しい人でそれが仇となって嫌な1年を送らせた。一度もかばってあげなくてごめんなさい。ハイランドの肉屋の野口が先生をバカにしたため先生は2日目からずーっとマスクをかけっぱなしだった。初日はかけていなかったから野口さえいなければそのまま過ごせたはず。1年間あいつが居なければよかった。加藤先生のせいじゃない。野口はかっちゃんが大好きだった数学の横田先生にビンタを食らったとか。上等だ。加藤先生学校変わって卓球部の顧問になって私覚えていてくれたね。逃げてごめんね。

日本語も英語も大変です

私は日本語も英語も変だと言う人もいれば、両方ネイティブ並み、英語の方が楽でしょうと言う人もいる。こんな程度の翻訳ではとはっきり言われた事もあるので、幸いお世辞やリップサービスは分かる。生意気と言われて気分が良い訳ないので、出来るだけ黙っているのが一番。これがなかなか難しいけど頑張る。毎日閲覧する日本語のサイトにいろいろ投稿される中でどうしてもしっくりいかない言い回し。

Sold out. 売り切れ これは一つだけの時も使える?
お売りします 尊敬語?

時代遅れだろうがやっぱり使えない。私も使えない。

Monday, 6 January 2020

2020年 令和2年

年明け久しぶりの初日の出
  

行ってよかった。父ちゃんと以前一緒にビーチで拝んだね。もうどこも痛くないし何も心配する事ないよ。誕生日も来て過ぎた。命日も来て過ぎた。日は昇り日は沈む。朝目が覚めたら一日生きよう。
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