Monday, 17 December 2012

チューニング

NZを離れるにあたって一番残念なのは、英語のテレビが見れなくなる事です。テレビ大好きの私はアメリカのドラマや番組も見ますが、英語の勉強という面ではやはりイギリスのドラマや番組には叶いません。何度も再放送されるOne foot in the graveや Waiting for God など、ブリティッシュイングリッシュのコメディは内容的にも言葉的にも最高なのです。吹き替えや字幕は見づらかったり嘘っぽかったりでどうも私は嫌です。
大家のお母さんは唯一の楽しみとして有料放送に加入しています。BBC専用のチャンネルがあって私は普段もうかぶりつきで見ています。お母さんは身体障害者の住居で週四日、泊り込みの時間帯にお世話をしていますが、一度も「仕事もしないで」と皮肉を言われた事もないし、むしろ用心が良いと喜んでくれます。

最近紹介してもらった本にもあって、モールスコードを少し教えてくれた元通信士のジョンさんもよく言うことに、チューニング(tune in)が大事ということがあります。ラジオも人もそれぞれ異なった周波を出しているため、波長を合わせる事が大切なんだそうです。突っ張ってばかりいたら周波数が合わずに結局雑音だらけか応答なし、ということになるし、また周波数が合っても似たものどおしが集まるので、前向きな人には同じ周波数の人が応答し、暗い人には…ということになります。たまたまそのとき私の発した周波数がお母さんの周波数と合って跳ね返った結果なら、こうして出会えてお世話になれたのも、偶然とか幸運というよりは、自分で作り出した結果なのだから大変なことだと思います。

宇宙は数え切れないほどの周波から成っているといっても過言ではないとか。これからもずっとずっと、今までに出会って良い影響をたくさん与えてくださった方々と、ピッピッと交信を続けていきたいです。over and out for the last time と言う日が来るまで。

Sunday, 9 December 2012

万が一

私は昔から小心者で、いつもどうしよう、どうしようと悪い方に先を考えては不安を募らせます。万が一に備えて、という名目も含めて、細かい物を常に持ち歩いたり、いただいたものをいつまでも大事にしまいこんで安心するのです。

ジョンおじいさんは、太平洋戦争のほとんどを四国にある国内初の捕虜収容所で何百人という主にアメリカ兵と一緒に過ごしました。「一番辛かったのは空腹だったこと。食べものがほんの少しでも手に入ると、万が一に備えて、団子状にして隠し持つよう言われたんだよ。でもね、団子を握り締めたまま食べずに死んでいった人もいるんだ。ばかだねえ。万が一、万が一って言って実際その時が来ても気づかず、万が一の時のために備え続けて死んでいったんだよ。」 

後生大事に持ち抱えてしまいには使わず宝の持ち腐れ。持ち物を今回一つ一つ手放してみて、自分は飢えていることにも気づかず団子を大事に取って置いた人によく似ていると気が付きました。使えば役に立つのにその機会をみすみす逃して、どれほどもったいない事をしたかも見えていなかったのです。物は大事に使えばだめになってもそれこそ本望でしょう。これからはありがたく大事にしまうのでなく「使って」あげたいと思います。

Thursday, 6 December 2012

タムタムタイム

子供の頃からラジオを聴くのが好きでした。とはいえ深夜放送でイヤホンを持っていなかったので、ボリュームをなるべく小さくして布団のなかでこっそり聞いていましたが、音が漏れて何度か母に怒鳴り込まれました。
昨日のニュースでジャズの巨匠が亡くなったとありましたが、代表曲を聞いてあっと思いました。その曲こそ当時の私のお気に入り番組のテーマ曲だったからです。巨匠の名はデイブ・ブルーベック、曲名はテイクファイブ。忘れられない番組名はタムタムタイムでした。午前零時から、10分番組に続いてタムタムタイムを20分、さらにコッキーポップを30分聞いて、そのままオールナイトニッポンに突入することもあったので典型的な夜型でした。タムタムタイムのオープニングに流れるソロサックスの音色が吸い込まれるように妖しく、それを聞くだけで毎晩ひどく満足したのを覚えています。当然ながら、授業中よく寝ていたので成績が悪いのは不思議ではありませんでしたが、一日の深い味わいが20分という短い時間にぎゅっと凝縮されたようでした。

Monday, 19 November 2012

It's in the book

92歳のジョンさんは名ばかりのカトリック信者だそうです。教会に行ったことはありません。でもそのおかげで回りまわって戦争捕虜にはなれど、仲間のように処刑されずに済んだのだから、何かあるいは誰かが上から見守ってくれていると信じているそうです。ジョンさんは2度奥さんに先立たれました。最初の奥さんはガンでしたが自宅で彼が精一杯看護をしたそうです。2度目の奥さんはアルツハイマーでしたが自分で看病できなくなると、毎日施設にお見舞いに行ったそうです。身体的、精神的、経済的にも、これほど疲れ果てたことはなかった、と今でもつい思い出してこぼしてしまいます。人間は一人で居てはいけない、そう思ったから15年経って老後を分かち合うために再婚したのに、と恨めしそうですが "It's all in the book" と言って誰を責める様な事はしません。
It's all in the book. 本にちゃんとそう書かれているんだよ。
消して書き直すことのできない本。次に何が書かれているのか覗くことの出来ない本。もちろん飛ばして最後を読む事などできません。誰がいつ書いたのか分からないけど、ちゃんと本にそう書かれているんだよ。

Monday, 5 November 2012

Full Circle 原点に戻ります

日にちはまだ未定だし実感もわきませんが、横浜に引き上げることにしました。全く思いがけず何年ぶりかに母と電話で話したら、頭の中にこびり付いていた母親と見事に違っていました。私に果たして老親の世話ができるのか甚だ疑問です。ゴミ出しくらいならできる、と思っていたらゴミの分別は難しいんだと友人にたしなめられました(泣)。こちらはちょうど年一回の粗大ゴミ回収。ここのお母さんが溜めに溜めていたものをなんとか担いで外に出しました。出した傍から待ち構えた人が品定め、ゴミも宝なり。ゴミに負けないように私も何とか役に立てますように。

Tuesday, 30 October 2012

92歳のジョンさん

日本で戦争捕虜になったジョンさんの話は以前しましたが、同様に数奇な運命を辿って処刑された彼の同僚たちが、この度ようやくウエリントンで政府によって公に悼まれました。ただ一人残されたジョンさんは、わざわざカナダからやってきた息子さんを伴って式典に出席し、献花の大役を高齢ながら立派に果たされました。久しぶりに会って疲れが見えたのは気になりましたが、捕虜収容所であった四国の善通寺の話をはじめ、玉音放送を実際聞いた話など、気が付いたら前回の2倍の時間おじゃましていました。ジョンさんはご自宅で一人住まいです。「仕事」が終わりに近づくどころか、まだまだ途中といった感じで、テーブルには書き物や書籍が以前にも増して山積みでした。Eメールも使いこなす粋なおじいさん、いつまでも元気でいてね。

Tuesday, 23 October 2012

お母さんとコーヒー

カチャカチャカチャと忙しくスプーンでカップをかき回す音がしたら、これは大家のお母さんがインスタントコーヒーを用意している音。この音は私にとって聞きなれたもので、久しぶりに聞いたときの驚きようったらありませんでした! と言うのも、父が同じように、コーヒーをまず少量のお湯で溶かしてカチャカチャカチャカチャとスプーンで忙しくかき混ぜて練るのです。それから彼の場合はホットミルクを注いで、表面に浮かんだミルクの膜ごといただきます。人のくせというのはおもしろいものですが、まさかこんな意外なところで再会するとは思いませんでした。あの忙しくかき回す音は、私がどう真似しようとしても出ません。

アラジンのランプ

 昔、やっと陸勤から開放された船乗りさんにいただいた(たしか)中近東のお土産で、ボトルは色の付いた砂でぎっしり埋まっています。この瓶は長年、きれいな模様がいつまでも崩れず、私にとって懐かしい記憶がよみがえる、と同時にアラジンのランプのような不思議な異文化の象徴でした。海を渡って引越しの度に持ち歩いていましたが、残念な事に今回とうとう模様が崩れてしまいました。処分する前に写真を撮って、ここに記録を残します。山口さん元気ですか?

Saturday, 20 October 2012

50才

親切なおかあさんの家に置いてもらえることになりホッとしています。夏時間だというのにまるで冬の天気。お金も住むところもなかったらとんでもない事になっていました。どうしたら恩返しができるだろう。紹介してくれた元大家さんにも感謝です。私って本当に人の親切に頼ってるわア。いかんな。ほんまにいかん。でも私にできる事はないのが現実だから、素直にありがとうと言うことにします。
11歳のイザベラには赤ちゃんのときに日本人のオーペアがいたそうです。その人がくれた着物を未だとても大事に持っていて、着物の話を来週して欲しいとお父さんに言われました。さあ大変。七五三の写真をググッてと。だいたい七五三ていつ?11月15日ね。先々週はまりこさんの海苔を使っておにぎりを作ったし、折り紙も習字もして文化方面はそろそろしんどい。で、また使わせてもらうのが昔の同期の神前(?)仏前(?)結婚写真。着物ばっちりだしきれいだし。NZで文化交流に一役買っているなんて本人はまさか知らないよね。んふ。

Monday, 24 September 2012

また引越しを考えています

突然リリーさんから連絡があり、彼女のフラットにお邪魔してきました。ノミに刺されて早々にここを引き払った後、職場を訪ねたらやめてしまって音信不通になっていたのです。その後どうしたかと時々思っていましたが、「部屋が見つかったら教える」という約束を何とも律儀に覚えていてくれました!まだ部屋が空くかどうかは定かでないけど、私の意向をちゃんと聞いてその時は大家に言ってくれるそうです。お部屋に今住んでいる人にも会わせてくれ、ぜひお願いしたいと意思表示してきました。ありがたや。
追記:リリーさんは再度突然消えていなくなりました。部屋は事情があってキャンセルしボンド返金で大分損をしました。

前回15歳でいちやくNZパラリンピックのアイドルとなったソフィー・パスコーは、今回のロンドンでもプレッシャーに負けず見事に金銀メダルを期待どおりジャラジャラと獲得し、NZの年間女性最優秀選手の候補にあがるのではないかと言われています。健常者や身体障害者の活躍が騒がれるのに対して、知的障害者のオリンピックはやや地味ですが、スペシャルな人たちのオリンピックも負けずに応援したいと思います。

以前ヤンさんにコートの袖を直してもらった人が、今度は奥さんの英語のレッスンの事でメールしてきました。赤ちゃんを抱えてしかもお金をかけたくないから安いグループレッスンが希望と言われ、この人もケチな金持ち日本人の一人かもと思ってしまいました。ヤンさんが安く利用されたのでない事を願って。91歳のジョンじいさんとエクスチェンジさせたらちょうどいいかも。

Sunday, 23 September 2012

special needs

特別養護。ピーターは自閉症で20歳になりました。何年ぶりかで再会した方の末っ子です。てんかんの発作防止の薬の副作用で体重が20キロ以上増えたというけど、ジムでトレーニングをしているせいか体はあんがいしまって見えました。お母さんの体力では彼の乱暴な立ち振る舞いに対処しきれず、お父さんの方に法的な保護者の権利が移ったそうです。それでも養護学校が終わってお母さんの家に立ち寄った彼を見ていると、「マミー見て」と甘えたりおやつを食べたり私と話したり、平和でいつまでもこの状態が続けばいいのにと思わずにはいられません。偶然、ボランティア先でいっしょのジーンが、ピーターの行く養護学校でお手伝いをすることになりました。「実はね、私には特別養護の子供がいたのよ」。そう言えば昔の勤め先の同僚にも知的障害の息子さんがいらっしゃいました。職場で何度か話をした彼も、もしかしたら同じ学校に行っているかもしれないと思うと、それまで無縁だった養護学校がなんだか急に身近に感じられます。

Thursday, 20 September 2012

ゆきこさんとの再会

私の一方的なわがままと身勝手から疎遠になってしまったゆきこさんに、パッタリと何年振りかで出会いました。会いたくても連絡先を削除してしまってずっと後悔していた私は、気が付いたらハグして「ごめんね」と何度も繰り返し謝っていました。気づいて、声をかけてくれたゆきこさんは、文句の一つや二つ言っても当たり前なのに、嬉し泣きに泣いて再会を喜んで下さいました。会えて本当によかった。
翻訳のメールアドレスは携帯でチェックします。受信してませんようにと真剣に念じながら一時間おきに。no new messages と浮かび上がると精神的にホッとして吐息が出ます。便りがないのは私にとってまさに良い便りなのです。
日本語のちらしを見たと電話があり、会ってみるとなんと91歳のおじいさんでした。日本で戦争捕虜になった話を2時間半聞かされ、結論からいうと日本語を習わなかったのが今でも心残りなのだそうです。でもお金を払ってまで今さら習えないと心中は大きく揺れ、ここで試さずにあきらめたら私も寝覚めが悪いでしょうから、それではと2週間に一回一時間無料で簡単な会話を教えることになりました。お互いお遊びで且つ後悔のないように。おじいさんに一本してやられた感は否めませんが、父と同い年でこれも何かの因縁でしょう。いそいそとワープロでローマ字の原稿をつくっています。パソコンを立ち上げるのは未だに怖くて億劫だけど、ダメ翻訳と同じく一円の得にもならないこちらはとても気が楽です。

Wednesday, 22 August 2012

ヘンな子、馬鹿な子、いじましい子

私がなにか?

木曜日は一週間の中で一番楽しい日です。ボランティアでグレンフィールドまで英語を教えに行きます。教えるだけでも楽しいのに、今日は帰りにまたジーンのお部屋にお邪魔しました。天気も良いし、居ていいと言われたし、誘ってもらってとても嬉しかったです。

ヤンさんとリリーさんと嬉しい間違い

読んで不快な内容もあるでしょうが、私の個人的な日記という事でご容赦ください。

「食パンだけですか?1ドル70セントです」。前のお客さんが何か取りに行っている隙に店員さんが応対してくれました。2ドル渡しておつりが…70セント?? 前のお客さんが戻って来たので店員さんも素早くそちらに。きっと70セント、70セントと頭の中で思っていたのでしょう。ありがたく頂戴しました。

ヤンさんはNZに住み始めて6年ですが、英語が今ひとつ苦手です。ボランティア先で私になつくのは、日本でその昔働いたのが懐かしいため。ある日偶然、日本語サイトで縫製できる人募集の記事を見つけました。ヤンさんはお直しの専門家です。募集した人とメール交換をしてみると、非常に話の分かる良い人でした。ヤンさんともなんとか絵を交えて話が通じ、めでたく袖の修理をまかされる事になりました。実際のお客様との交渉はヤンさんがしなくてはいけません。英語で通じたのか日本語あるいは漢字で通じたのか分かりませんが、何はともあれ修理が完成し、お客様から満足とのメールが届きました。よかったあ。これで自信がついたなら英語の勉強も頑張ろうね。

リリーさんも部屋で虫に刺されている事がわかり、さっさと中国人のお宅の部屋に引っ越して行ってしまいました。大家がまったくアジア人は、と声を荒げて言ったので、私も追い出される、ホームレスかとびくびくして必死にご機嫌伺いをしました。本当に怖かったです。リリーさんどうしてますか。寂しいな。

Sunday, 19 August 2012

魚の食べ方

父と私は魚を食べるとき、きれいに頭と骨と尻尾だけを残します。食べれるところはすべておはしで丁寧に取るのですが、二人とも母から貧乏臭いと度々言われ、肩身の狭い思いをしてきました。大家の友達が小さなタイを一匹くれて、直ぐに思ったのがきれいに食べる事でした。炊飯器で米をといで魚をのせ、しょう油をたらして普通に炊きます。炊き上がったら、目玉こそ食べないけど、その昔教わったとおり頬肉をまずいただいてから頭を取り出し、身をほぐしながら背骨や尻尾を出しパズルのように並べました。赤の他人の私がお腹を空かしているから魚をくれたキーリーと、とっくの昔に相続権放棄の念書を書かせた母。対称的とはこの事をいうのでしょう。ごちそうさまでした、すごく美味しかった!

Sunday, 5 August 2012

仕事

「少し仕事をしようかね」
父は退職して何年も経ってから
一代記を少しずつしたためた
何が仕事よと、薄ら笑いの
母の嫌味にも負けず
90歳過ぎた今の彼の仕事は
水泳と脚のリハビリ
真の仕事とは何かを
教えてくれた
父が私は大好きです

Thursday, 2 August 2012

おばさんは見た

大家は1歳のピットブル(スタッフォードとラブの混血でした、失礼)を飼っています。純血は少ないにしろ、かけ合せても十分そのDNAが表に現われ、どう猛と言われる所以がよく分かります。繁殖を条例で全面禁止すべきだと言われている中にはたしか土佐犬、ドゴアルヘンティノ、ピットブル、スタッフォードシャーブルが含まれていると思います。これほど愛らしくて忠誠な犬はいないという飼い主たちのひいき目に漏れず、モリーちゃんも犬小屋でなくガレージを丸々あてがわれて普段はつながれています。ところが昨日、ひもなしで大家と庭を戯れる姿を目撃し、台所にもあげている事が分かりました。痒いのがなかなか収まらないのと関係があるか分かりませんが、思い出すのは象を負かしたねずみの話です。どんな強い犬も蚤には倒されます。台所で餌を食べる猫ともどもちゃんと薬をもらっている事を願って、今日もござのような敷物を干しました。

ベーカリーのリリーさん

この家に住んでいるのは大家のルースの他、私とペルー出身のオリンピアと中国出身のリリーさんです。リリーさんは私の越して来た翌日に入居したため、住人の数がいきなり倍に膨れ上がったことになります。ベーカリーで働く彼女は平日午前5時に家を出ます。車がないのでお店まで30分かけて歩きますが、もちろんまだ暗い内なので大変です。近道があるけど街灯が乏しいため時間がかかってもバス通りを歩くと聞き、昨日呆れかえる彼女を従えて近道を同行してみました。なるほどまだバスの始発前だけど車が通っているバス通りと比べると、静か過ぎて一人だと不気味です。時間短縮を取るか、明るい道を取るか。お互い通じるか半信半疑な英語で話しながら暗い道を一緒に歩きました。それにしても暗い内から働いている人がたくさんいるんだと改めて分かり恥ずかしかったです。お月様がどんどん傘を被っても雨は結局持ちこたえ、正午に帰宅したリリーさんが美味しいパンをわざわざ買って帰ってくれました。

Wednesday, 1 August 2012

しもとり

冷蔵庫の下の冷凍庫を開けると引き出しになっていて、いくら引いてもビクともしないので壊れていると思っていました。節電で寒いのに壊れたフリーザーの電気代を払うなんて、なんか納得できず大家がいない時にどうなっているのか覗いてみました。もしや… なんと引き出しの奥がすっかり氷に埋まって、あれでは押しても引いても動かないはずです。大家のいない隙を狙っているので、悠長に電源を切ってしもとりする余裕はありません。おもむろに近くのナイフを握って思い切り突き刺す作戦に出ました。氷の固まりに刃を突き立てること数十回、バラバラに割れて剥がれ落ちた氷の厚みはゆうに5センチ以上ありました。あ~すっきりした。

Tuesday, 31 July 2012

もう八月

馬は子供英語でgee geeですが、8月1日はお馬さんのまとめて一緒の誕生日です(早生まれだと誕生日がすぐ来るので競走馬としての価値に影響が出るようです)。オリンピックの馬術団体でNZが今朝銅メダルを獲得し、解説の人がカリズマの40歳の誕生日にふさわしいと喜んでいました。Charismaは今回7回目のオリンピック出場を果たしたマーク・トッドの元相棒です。ロスアンゼルスとソールで2回続けてNZに金メダルをもたらしたため、国内でファーラップと並んで伝説的な名馬として語り継がれています。カリズマ-何て崇高な名前。年を取ると過去の話が持ち出される度にとても懐かしく感じられます。

Sunday, 29 July 2012

ありがとね

さびしくて 友の贈りし 包み紙 抱きしめてみる 冬の温もり

NZの掃除機

私はNZの掃除機が嫌いです。日本の掃除機をまじまじと見たことがないため比べにくいのですが、こちらのは吸い口がヘッドの真ん中にしかなくて、横に長いヘッドの右側や左側に埃があっても吸引されないと私は確信しているのです。何を言っているか分かりますか?ヘッドを裏返して見た時の話です。それに飛行中の汚れた空気循環ではないけれど、こちらのはなにか埃をブワッとかき回してお尻からばら撒いている気がしてならないのです。というわけで私はガムテープを使います。埃を上から押さえてゴキブリほいほい状態です。リビングにいつも(なぜか2台)転がっている掃除機を指して、大家が掃除するなら使いなさいと言いましたが、音だけさせて実は自分の部屋だけせっせとガムテープで床掃除しました。あとは家中のラグ(敷物)を物干しでこれでもかと叩いて、うっすらと全身に埃をかぶった気がしました。

NZの物干し

日本の物干しは竿を平行に渡しますが、NZの物干しは開いた傘の骨のようです。風が吹くとこれが風車のように回り、土地がそれだけないと設置できません。竿でなく太いワイヤが張り巡らせてあるので、洗濯バサミで止めたり折ったりするとくっきりと痕が残ります。どちらがいいかはそれぞれの家庭で意見もあるでしょうが、干す、取り込む、畳むは普通どの国でも同じだと思います。基本的には。
洗濯機を使おうと思ったら出かけた大家の終わった洗濯物が中にあったので、ついでに干しておいたけど認識まったくなし。
乾いたら取り込んでおいてと言われ、そうしたけどありがとうも何もない。
干して3日後に取り込まれた大家の洗濯物を畳んでもありがとうも言われない。
ドバーンと表現するのがぴったりのおばはんのデカパンブルマー。「恥じらい」という言葉はもう死語でしょうか…

Thursday, 26 July 2012

缶きり

今では大抵どの缶詰にも備え付けの引っ張るリングがありますが、悲しいかな安いツナ缶には付いていない事が買った後で分かりました。非常食用に缶詰を備えている家庭もいざという時欠かせないのが缶きり。台所の引き出しにわざわざ壊れた缶切りがしまってあるのを見て、この際自分用の缶切りを求めることにしました。探すのはしゃれた電動の缶きりでもネジ回しのような代物でもありません。昔懐かしギッチョンギッチョンと刃を少しずつずらしていく単純なものです。だけどこの古い原始的な缶切りはもう店に置いてません。そこでたぶんあるだろうと目をつけたのが慈善団体の事業として運営される数々のOp Shop。寄付されたものをボランティアの人が売って、その売り上げをすべて募金として計上するセコハンの店で、大きなところは家具や電化製品も取り扱います。割と期待して1、2件覗き、4件目でも見つからずあきらめかけた時、冷やかしで入ってみたのが先週見かけて興味津々だった日本製品100均の$3ショップ。もしかしたらクイーンストリートの店より充実していたかもしれません。探していた缶きりはノースショアのグレンフィールドで見つかりました!缶きりごときに騒ぎすぎかもしれませんが、とにかく見つかって、しかも日本製でヨカッタです。

Tuesday, 24 July 2012

布団たたき

洋式の寝具はマットレスなため、簡単に日干しする事ができません。日本の敷布団のように干して布団たたきでほこりと湿気を落とす事ができたら、ほかほかの上殺菌効果満点でどんなに気持ち良いでしょう。痒みの原因を探すにあたってマットレスはせいぜい風通ししかできません。でもシーツをはずしてみると、マットレスとシーツの間に余計な毛布がありました。これをひっぺがして思い切り外で振ると、案の定ベールのようなほこりが舞い落ち、思わず顔をそむけて息を止めました。明後日は通り雨もやんで一日晴天の予報です。しっかり物干しにかけてこれでもかと布団たたきをあてたいところですが、そこは傘で代用するつもり。逆転満塁サヨナラホームランをかっ飛ばす勢いとまではいかなくても、両手バックハンドでストレス発散したいです。

引っ越したよ

結局スーパーの掲示で見つけた2件目に引っ越しました。ベッドが部屋にあって陽あたりが良くて家賃に電気インターネットが含まれています。町の中心までだいぶ歩くけど、タカプナを離れずに済みました。しかしなんとまあ汚い家の中。それに二晩寝てみたら痒い!土足の家は仕方ないけど台所、リビング、洗面所の様子から、大家が整理整頓を得意にしていないのは明らかです。自分の部屋の床を粘着テープで引き続き掃除し、小型テレビを中古で探そうと考えています。犬はもちろん猫や訪ねる孫たちも、なるべく触らないようにしようと思いました。犬はたぶん猛犬指定が長年議論されているピットブルです。いつもガレージにつながれていて、人が通ると尻尾振って恐ろしい声で吠えます。

マルコムの家は相変らず屋根がコケだらけで、玄関までやはり植物がうっそうとしていました。音楽を教えているという白人デービッドはひげを長く伸ばしアニメスリッパを履いて現われました。何もない部屋では寝るのも事欠くので残念ながら入居できませんでしたが、大家は年老いたご婦人で、息子さんが代わりに管理していると分かりました。メイと手紙でマルコムの思い出話ができたらと思いデービッドに連絡先を聞きましたが、忙しいのか知った事ではないのか返事がなく、結局連絡は取れません。

ここにいつまでいるかは分かりません。住人は大家プラス私を入れた間借り3名の女性4名。あまり先を考えず、とりあえず一日一日過ごしてみようと思います。晴れたら歩いてチラシを配り、日本語を教えられないか探ってみます。料理をしたいと思うか分からないけど、これこれはちょっと興味をそそるのでやるかも。

Wednesday, 11 July 2012

急げもう七月

A型インフルエンザがまん延しているとか。私は相変らず元気です。馬鹿は風邪をひかないと言いますが、外から帰ったらまず手を洗います。うがいまでしたら優等生でしょうけど、そこまですこぶる元気にならなくてもいいのではないかとかえってヒンシュクしてしまいそうです。
以前入居する前に理由もなく断られたと言いましたが、今度は、やはり入居しませんかと同じ人からお電話頂きました。そして他を探しますといった数日後の今日、今の大家から8月1日までに退去するよう命じられました。知り合いが長期滞在でやって来るので、それまでにきれいに掃除して出る事だそうです。普通ならクラクラっときたかもしれませんが、なんせ前の日に久しぶりに牛乳を飲み鶏肉を食べたため、栄養が行き渡って悲劇のヒロインのようにはいきませんでした。
まずは日本語オンライン掲示板から希望地域でいくつか問い合わせ。次に知り合いに問い合わせ。次に思い立ってスーパーの掲示板。私の日本語教えますの掲示もあります。タカプナ2件を書きとめて取り合えず1件見学希望。デービッドなんて名前だけど、携帯メッセージの書き方はアジア人ぽい?以前トニーと名乗る人に問い合わせた時は、折り返しかかってきた電話の英語がもろアジアでした。金曜日の見学がものすご~く楽しみです。

楽しみなのはデービッドに会いたいからではありません。彼は別にどうでもいいのです。ただ2回訊ねてようやくくれた住所に、胸がときめいてしまっているのです。それは昔々住んでいた通り。唯一のマイホームを構えた通り。番地は近所のマルコムじいさんが当時住んで居た家の番地。間違いありません。マルコムじいさんがいつも青いバッグを後ろ手に持ってゆっくり家の前を歩き過ぎたのが思い出されます。一人暮らしと分かっていたのだから、もうちょっと気を配ってあげればよかったね。マルコムじいさんが住んだ家。じいさんがいなくなった後に残った家。たしかメイという親友に残されたはずです。金曜日に中を見せてもらったら、せいぜい家をねぎらってあげたいと思います。じいさんが自分で建てた家。くたびれ果てていたら悲しいです。

Thursday, 28 June 2012

まだ6月

8月から離れのお部屋を借りるはずだったお宅から、理由もなしに「他を探して下さい」と携帯にメッセージが入り、私がもともとそこを見つけたオンラインの日本語掲示板には、新たにその部屋の「住人募集」のトピがあがりました。これって入居もしないうちに追い出されたってことですね。悲しいけどきっと何か災いがあるお告げだろうと、無理ヤリそっちの方向に考えることにします。せっかく整理整頓を進めて、バスカードも買って地図見ながら新しい散歩コースなんぞ練っていたのに。

パソコンのUSBが認識されず、ぐぐってみると放電をさせればいいとありました。バッテリーをはずして電源を切ってしばらく放置するとのことです。怖いけどやってみようと思いました。さて、バッテリーはどこ?悲しいかなパソコン音痴。パソコンが壊れないかとびくびくしながらいじってみると、カセットのように取り外せました。安堵。さて試しに写真を取り込んでみよう。USBが認識されました!なんてグーグ○は素晴らしい。同じような悩みを抱えた人、大勢いて助け合って生きているのですね。ド素人に勇気と知識を分け与えてくれてとても助かりました、感謝です。

先日、私はどんな汚い字でも読めると豪語しましたが、どうしても読めない診断書の手書きにぶつかりました。もうプライドも自尊心も埃をフッと吹いたように消えてなくなりました。近所のクリニックで見てもらったり、英語クラスのネイティブの先生に見て貰ったり、でも誰がどうひっくり返しても読めません。書いたのはバンコクの病院の先生。英語の箇所だけ和訳するよう指示があり、ちゃんと赤枠で囲ってあります。期限もせまって思いつきで、タイレストランに行って聞いてみました。

「これタイ語です。でも字が汚くて読めません。」 あちゃ~。 医者の字が汚いのは、万国(バンコク)共通のようです。
客でないどころかいきなり頼みごとだけする変な姉ちゃんが飛び込んでも、嫌な顔ひとつせず対応してくれたタカプナのレストランと、ビザカードのレシートの読み方で心底悩んでくれたブティックの素敵な店員さん。お世話になりました。

Saturday, 23 June 2012

まとめて6月第二弾

寒いけど引きこもってはいけないのでせっせと歩くようにしています。風が冷たい時は実際の気温より体感温度がずっと低く、マフラーとビーニー(毛糸のすっぽり帽子)が欠かせません。でもおかげで遠いと今まで思っていた別のスーパー2軒も歩いて往復制覇し、行ってみるとそれほどしんどくない事が分かりました。

そのうちの一軒は大手中国食料品店。しょう油を買いに行きました。日本のしょう油は、日本食料品店はもとより普通のスーパーにも置いていますが、高くて眉が八の字になってしまいます。それに比べて中国のパールリバーという商品は500ミリで$1.50。間違えないで薄口を買えば味も私は文句ありません。そのうえメルトモになった中国人の生徒さんから、新たに知らなかった店の情報をもらい、ますます行動範囲が広まりそうで今から行くのが楽しみです。

関東で地震後ものすごく食材に敏感になった知り合いの話を聞きました。地震後に福島に転勤を命じられた友人はメールまでなんだか暗くなりました。食事は生きていくのに欠かせません。できれば有難く味わっていただきたいです。中国の食材、福島の食材について意見は多々ありますが、使うのを非難する一方の口ぶりでは、聞くだけで胃がやられます。ミートソースにもカレーにもスープにも私はしょうゆをたらします。しょうゆ大好きの父は母いわく田舎者だそうですが、私は中国のしょうゆ重宝しています。

ボランティア先の英語教室は月曜と木曜の週二回開かれます。普通の学校と同じく4学期制で10週間勉強しては2週間休みます。あと1週間で2学期目も終了です。月曜担当の人が途中でパートの仕事を見つけたため、木曜担当の私にお鉢が回ってきました。スピーキングがなにより上手くなりたいのは分かるけど、もう少し気合い入れて語彙を増やせよ。

今年もMatarikiの季節になりました。マタリキはマオリの新年を祝う行事で、日本の七夕同様夜空に輝く星座を仰ぎ眺めて過ごします。皆さん短冊にどんな願いを込めますか?気温も銀行の金利も早く上がっておくれ。

Tuesday, 12 June 2012

まとめて6月

6月も早半ばに差し掛かり気温がどんどん下がります。昨晩は最低気温一度の予報で、だるまのように着込んで布団に入りました。はんてんも薄汚れて洗いたいけど、既に皮膚の一部と化し引っ剥がすのが至難の業です。数日間晴天の予報なので明日なんとか頑張ります。おひさまもガンバッテ!先日クライストチャーチの予報で最低気温が3度と見えたので、ウェンディも大変だなと思いながらめがねをかけて見直すと、数字の前にマイナスの棒が付いていました。おまけに南島のスキー場を歓喜させたドカ雪のため、リタイアしたのに雪かきでゆっくりできないそうです。最後に雪を触ったのはいつだったでしょう。Be careful what you wish for. 雪が見たいなどと言ったら、雪かき、氷かき、倒れた木の枝の撤去と共にいやになるほど見せてやると、願い事を叶えてくれるはずだから気を付けます。

From $19.99 ! という靴屋の宣伝にまんまと引っかかり、オンラインカタログを一通り見てしまいました。案の定、宣伝文句の価格の靴は一つ二つしか見つからず、ほとんどすべてがその2、3倍以上します。友人のブログに肩ロースで作るチャーシューがあり、美味しそうだけどロースとは英語で何というのかずっと分かりませんでした。たぶん roast の事だろうと見当はつけど、近所のスーパーで見るのはめちゃ高く、違ったら当分パンと水で我慢しないといけないと思うと手が出ません。別のスーパーに行ったとき同じpork shoulder roast が$4.99/kg!であり、逃してはいけないと鼻息荒く買って帰りました。落ち着いて分かったその安い理由は、骨付きで骨の重さも料金に含まれていたのです。おかげさまで豚肉は美味しくできましたが、ナイフで奮闘しただけズタズタのチャーシューになりました。

いただいた漬物に触発されて、私にもできる大根の浅漬けを久しぶりに作りました。普通の大根が見つからずあったのは "Korean"大根。短くて太い大きなかぶのようです。桜島大根?聖護院大根?スが入ってなくてよかったです。

臭い、におい、匂ひ、香り。どう英訳すればいいのだろう。scent, smell, fragrance, odour, aroma。においは記憶に留まりやすいと思います。昔嗅いだ記憶のある匂いに出会うとその当時の懐かしい場面を思い出します。 圧倒的に楽しい方の記憶とつながるけど、好きなときに再現できたらそれはそれでいいでしょうか。

歩いていて財布を拾ったので近くのプールの受付に預けました。歩いていて1ドルコインを拾ったのでポケットにないないしました。

育児

育児を体験したわけではなく、英訳をしたら「後追い」やら「一升もち」やら知らないことが出てきて意味が分からず慌てただけの事です。人生をやり直したいなんて決して思いませんが、5歳ごろまでの記憶がない私としては、自分がどんな幼少時代を過ごしたのかを白黒の無声映画のようにして見てみたいと思いました。そういえば以前父が古いスライドを見せてくれたことがありました。アルバムは昔家族で繰り返した引越しの際に、ぎゅうぎゅうに詰めたせいで向かい合ったページの写真同士がくっついてしまい、無理に剥がそうとしてだめになりました。覚えている一枚は幼い私がテーブルか何かに腰をおろして父を真似て脚を組んでいる写真。隣で若い父が大笑いしています。スライドまだあるかしら。

Thursday, 31 May 2012

つけもの

ボランティア先で一緒の台湾人のジーンがくれた漬物で、粕?ぬか漬け?によく似た味のものがありました。お友達が漬けたのを分けてくれたのですが、濃い液体に漬かっていました。中国の濃いしょうゆ?今まではどちらかというとべったら漬けの方が好きでしたが、日本の漬物に飢えていたせいか、もう美味しくて一人で熱いご飯を抱えて頬張りました。我に返ってジーンに野菜と作り方を教えてもらおうと思ったら、2ヶ月お里帰りしていません。まりこさん、この野菜は何でしょう?ウリを薄く切ったものでしょうか?ウリってこっちでなんて言う?やっぱ漬物美味しいよね~。

Thursday, 17 May 2012

看護とは、ケアとは

在宅ケアで二人の子供の世話をするお父さんが保健省を相手取って起こした裁判に保健省が不服を申し立てていた件で、やはり原告側の主張を認めるという判定が先日控訴裁判所で下されました

お父さんといっても70歳を過ぎていて、子供たちは共に40歳を過ぎた生まれつき知能障害を持つ大人です。各テレビ局から喜びのインタビューを受けるお父さんの横では、息子がしきりに指をしゃぶっていました。障害を抱える我が子の世話で仕事に就けず収入のない親にも、施設で働くケアスタッフと同様の労働賃金を支給するべきだと訴え始めて12年。最初は人権侵害を訴えて、国をその審査をする法廷に持ち込みました。そこで差別であるとの判定が出ると、次は高等裁判所へ。そこでも既存の政策は差別であるとの判定が出て、今回の原告勝訴が3度目の正直です。

判定後に盛んに親子が笑顔で見せたポーズは指三本。その意味はthree strikes and you're OUT! (三振バッターアウト)。
子供たちがどこまで理解しているか分かりませんが、お父さんのこのファイトが、孤独で経済的に苦しむ他の何千という家族にどれだけ励みになったことか。またテレビから伺える親子の交流の仕草から、「育ててやった」と驕りたかぶる親にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいと思いました。

保健省が最高裁判所にまで持っていくかどうかはまだ分かりません。予算発表を数日後に控え、ケアにお金が回るとは思えませんが、昔はそれでも福祉国家としてその名が世界に知られた小国NZ。社会主義国家への道をたどっている、とラジオで非難が横行するのはさておいて、昔の面影が影も形もなくなるのは残念です。

Wednesday, 16 May 2012

what you see is what you get

「これしかないんです」 もっとおかずないの?とダンナがぐずろうが、色が気に入らないと子供がぐずろうが、あの味があれば買うんだけどねえと客に言われようが、ないものはない時に使います。人間でも、私なんかちょっと背が低すぎるわね、とかもっと頭使えないの?とか言われますが、あるがままの私がおいやなら他を当たってください。

医療のニュースはおもしろいです。先日ドキュメンタリーでMS(multiple sclerosis: 多発性硬化症)の話をやっていました。NZには約4千人患者がいると言われていて、MSと言えば大抵この病気のことと分かります。テレビでやっていたのはMSの症状を緩和する方法を見つけたというイタリア人血管外科医へのインタビューでした。症状が進行した人でなく、まだ初期の患者に効果があるということで、海外からも問い合わせが増えているそうです。

MSの症状で一番よく分かるのが肢体麻痺です。元テレビの天気予報のおじさんで今は魚釣りの番組の司会をする人は、MSにもかかわらず毎週船の上から出演し、車椅子で実際釣りをしながら色々解説をします。イタリア人の医者が唱えるのは静脈窒塞の説です。首の静脈に鉄分が堆積してそれが中枢神経にダメージを加えるというもので、その手術では静脈にバルーンを挿入して詰まった箇所を開きます。科学的実証もまだないし、臨床試験も限られた処置で危険がないわけないのですが、運動機能を失いたくないという患者にとっては一筋の希望であるのでしょう。

あるがままのあなたを受け入れると言われたら嬉しいのですが、本人としてはもっと賢く、もっとスマートで、もっとあれもこれも良くありたいと願わずにはいられません。

Saturday, 12 May 2012

脅威の10歳

今の10歳にとっては当たり前なんでしょうね。
日本語を教え始めて2週間。少しお互い慣れてきたようで、今日はカタカナで名前を書きました。ひらがなばかりじゃ飽きるからね。厚紙を使ってテーブルに置く名札を書いてくださいと言ったら、真剣にデッサンでもするかのように鉛筆で下書きを始めます。きれいなデザインに仕上げておくれ。男の子だとこうはいかないだろう。で、誕生日パーティに呼ばれているとかで、友達の名前も書かされました。そこへお父さんがiPadを持って現われ、日本語を学ぶアプリがあるんだとか。ポチポチやって見せてもらって感動してると、娘が「ダディ、こうするのよ」って感じで、横からまあ早いわ早いわ、目がついていけません。音声で「やったね!」なんて出て、ほんと初めてあいぱっどを身近に見て、やったねどころか「え?」の心境です。ついていけないわ~。

Friday, 11 May 2012

バッチイ字

昔マネージャーだったニールの汚い字はそれはそれは有名で、NZ人でも宇宙人でも読めないに近い字を書きました。そんな上司につかえると、慣れももちろんありますが、カンがよくなり文の前後や内容から「あ、あの単語か」とたいてい分かるようになりました。特技として履歴書に書けるものなら、胸を張って英語の汚い字が読めると言えるだけの自信があります。最も字が汚い職業に医者があります。まったく身を預けたらどうなるのやら。その手書きのカルテや処方箋のミミズ文字には目もあてられません。診断書に書かれた手書きの英語を訳しながら、二ールを思い出して苦笑してしまいました。英語から英語への翻訳をしたとでも申しましょうか。

Thursday, 10 May 2012

お金のはなし

たちばなあきらの「マネーロンダリング」という本を読みました。お金は国内で運用するよりも海外に出して税金を払わない方が複利で確実に増やせるといったような話から、香港を舞台に殺人まで飛び出すおもしろい一冊でした。次元が上すぎて、しかも転がす金がないのだから理解できても別に関係ないと気楽に読みながらも、お金があったらなあと思わず大きなため息が出ました。

NZで口座を開くとき居住者は年間収入額によって税率を申告します。Resident Withholding Tax (RWT居住者源泉徴収)が利息から天引きされるのです。非居住者手続きをするとlevy exempt (税免除)がリクエストできます。2%は引かれますがこれは銀行手数料のようなものです。本来は居住国で申告納税するというのが建前ですが、誰もそんなことやっちゃいないと思います。つまりは税金をどこにも払わないで済ませるのです。今でこそ経済金利(OCR:official cash rate)が2.5%で滞り、銀行の預金率も停滞していますが、2008年には銀行の2年定期で9%の利子がついたのですから税金を納めないですむ人たちは笑いが止まらなかったと思います。

NZで家を購入するために日本から多額に送金したある老夫婦は、15年ほど経って不動産価格が暴落する直前にその家を売却したため、それまでの急な土地の値上がりを大いに生かして潤沢な利益を手に入れました。NZには(今のところ)キャピタルゲインといって、個人が土地の売買で儲けた利益に対する課税がありません。ただ、家を売ってどれだけ儲けようと最初に日本から送金した額より大きい金額を日本に戻そうとすると、差額が収入とみなされ課税されるので、売ったお金はそのまま銀行の定期預金で税免除の甘い汁を吸い続け、複利で増え続けていると思います。今後NZに来る事もないと思われるのに、眠らせたお金をどうするのでしょう?夫婦ともインターネットはできないし本のようにうまくはいきません。

ここで私ならどうするか。ペイパルの口座を二つ作って一つにNZの口座を指定し、もう一つに日本の口座を指定する。個人間の送金は海外からならできると聞いたのでオンラインで操作すれば日本の手元の口座に入金される…かな?そうか、カードを作ればいいんだ。日本のように自動引き落としにならないけどそれもオンラインで振り返ればいい。

一口英会話

まりこさんのリクエストにお答えして。
Bless you ! これはくしゃみをした人に向かって「お大事に!」という意味で使います。
Just in case 万が一に備えて、というわけでNZでは傘を持ちましょう、just in case.
Don't frown like that !  眉間にしわを寄せる人に対して「そんな顔しないで!」と言った意味で使います。
私はよく眉間にしわをよせるためすっかりfrown(フラウン)line が刻み込まれてしまいました。カラスの足跡もひどいしもう顔はボロボロです。

No news is good news

便りのないのは良い便り。相変らずビクビクしながらメールをチェックする毎日で、やっと一つできたと思ったらブーメランのごとく直してくださいと言われました。“same old, same old” (いつものことよ)と呟けた方が精神的にはいいのでしょうが、どうも小心者で困ります。一筋の光を見出すなら、今度の人は前回と違って実際に直し方を示してくれ、映画や出版物のタイトルはふつうのカギ括弧ではなく、 『 』を使うのが常識だと分かりました。
Don't worry, be happy (くよくよしないで)と自分に言える日はまだまだずっと先のようです。

Tuesday, 1 May 2012

さちばばとオースチン

昔オークランドで知り合ったさちばばは、とても優しくて暖かい人で、連絡が取れなくなってからずいぶん経ちますが、経てば経つほど元気でいるか気になります。さちばばは運転が上手でオレンジ色の古いオースチン1300に乗っていました。どれ位古いかというと、鍵なしでも簡単にエンジンがかかり、そのベーシックな造りはコンピュータ満載の今の車と比べると、四角いシャシーに丸いタイヤとハンドルを付けただけと表現するのがピッタリでした。流線型にほど遠い、それもオレンジ色のオースチンを近所で見かけて真っ先にさちばばを思い出し、ちょっと切なくなりました。

スズの兵隊

私は寝る前にお話を読んでもらった記憶がありません。普通の人は3才頃からの記憶がありますが私にはまるでないので、読んでもらったかもしれないし、頭の程度がうかがえるというものです。アンデルセンの「スズの兵隊」は、「ブリキの兵隊」とも言われます。訳してと言われて初めてストーリーが分かりました。スズからできた片足の兵隊が紙でできた踊り子に恋をしますが、最後に二人とも暖炉で燃え尽きるというお話です。世界童話名作全集を与えられて「読みなさいよ」と脅迫されるより、ベッドタイムストーリーで読んでもらった方が印象が絶対違うと思いました。

もう5月

2011年9月にトライアルを受けた会社から、今日不合格の通知が届いた。使えないと言われないだけいいけど、受信するたび恐怖感に慄いて未だ不安定な精神状態なのだから、せめて黙って通して欲しかった。先月28日は大好きな父の誕生日だった。長生きしてくれているのに何も親孝行できないでいる。今日手紙を投函した。鬼母に見つかって捨てられませんように。マイ bucket list -もう一度父とゆっくり話す事、岡山のいなかに一緒に行く事。「優しかったおばあさん」の話をあと何回でも聞くこと。NZから帰って地元の小学校に初登校したとき、黙って付いてきてくれた父。大学受験の当日雪が降って、不慣れな場所に行くのに二重、三重に不安なとき、黙って付いてきてくれた父。オークランドの空港で別れるとき、いつもハグしてくれた父。ごめんねand thanks for your unconditional love.

Wednesday, 18 April 2012

ta と tata

ありがと、と バイバイ のことです。幼児に向けた言葉ですが大人も結構使います。短くて飾らない、簡単すぎるほどのことばの方が、相手に分かり易く、しかも気持ちが率直に伝わると思うのですがどうでしょうか。幼児向けの絵本に、ジェズ・オールバラ作/絵の "Hug” があります。私が図書館で見つけたのはその日本語訳です。子ザルがジャングルで母親を探し回るのですが、出会う動物たちにはそれぞれHugする相手がいて、独りぽっちの寂しさに耐え切れずとうとう泣き出してしまいます。出てくる単語は3つで邦題は「ぎゅっ」。 ほのぼのとする一冊です。 もしNZに来ることがあって、小さい子と話すことがあったら、ありがとの代わりに「タ!」、バイバイの代わりに「タタ!」と、思い切って言ってみてください。

給食

私は子供の頃から食べるのが遅いせいもあって、給食に良い思い出はありません。おかずを急いで食べた後に残ってしまう食パンを、最初は隠して持って帰っていたのですが、それもバレて教室掃除のなか居残りで食べされるようになると、苦痛としか思えなくなりました。



NZの学校に給食はありません。お弁当を持って行くか、売店でお金を払って買うか、さもなくば空腹のまま過ごすかのいずれかです。イギリスのアイドルシェフ、ジェイミー・オリバーが学校のランチ改革に乗り出したテレビ番組では、生徒がカフェテリアで自由に選んで食べていました。日本の給食をさてなんと訳したらいいものか考えていたら、昔おなかをすかせて他の子のランチを見ていた子供がいたのを思い出しました。


各学校はデサイル(decile)といって、その地域の社会経済性を基にした1から10までのランクで分けられています。経済的に豊かな地域だと自ずと学校のデサイルが高くなり、教育に対する貢献度、関心度も高くなります。その反面、最低限の生活が精一杯の地域では学校のデサイルも低く、空腹でお昼も持たずに学校に来る子供たちの教育水準が反映されてしまいます。


自腹をきって食事を与える先生、学校に食べ物を寄付する業者が裏方で頑張る中、小学校への牛乳の無料配布が44年ぶりに復活するという朗報が、最近ニュースで大々的に伝えられました。大手酪農企業の善意ですからマーケティング効果を狙っているといわれればそうでしょうが、炭酸飲料が牛乳の半値以下で買える国で、児童の健康と歯を守って少しでも教育につながるのなら、両手を広げて歓迎したいものです。

九九

九九は本当に苦手でした。頭が悪くて覚えられないのと、ちょうど習う時期NZにいたために、英語と日本語がこんがらがってしまったのです。NZの九九は9段にとどまらず12段まであります。学校に行くと教室で声を揃えて12 x 12 = 144 まで練習し、二人ずつ先生の前に出されて、どちらが早く答えられるか競争させられました。家に帰ると母親に鬼の形相で、なぜ九九が日本語で覚えられないと詰問されました。おかげさまで時間が経って両方できるようになりましたが、子供ながらにえらい目に遭いました。

師、遠方より来たる

むかし働いていた頃に駐在だったI氏から、オーストラリアに行くついでにNZにも足を伸ばすから会いましょうと、わざわざメールを頂いたのが数ヶ月前。当日、小雨で涼しい中12年振りにお会いして、相変らず実直なI氏に心がポカポカ暖まりました。駐在の任期を終えて帰国されたのが18年前。当時もトップとボトムでお話しする事はめったになかったし、帰国されてからはたまにNZの新聞を送る以外、年末年始のご挨拶を(しかもメールで)申し上げるしかないのに、どうしてこんなに細く長く続くのか、考えてみたら不思議です。

I氏との約束の前日に、1ヶ月前に訳したものが拙すぎて使えないと言われました。「使えない」と"stupid" は、何度言われてもいやな言葉で、その度に消えてなくなりたくなります。翻訳もあえなくここまでと途方に暮れていたので、数時間でも懐かしい人とお話ができ、大げさですがおかげさまで命の洗濯ができました。
駐在の中でも、特にI氏がアンカー(碇)のように感じられたのは、そのお人柄のせいかもしれません。自分が昔の彼と同じ年齢になった事にふと気づいて、いやに情けなく感じますが、わざわざ地球の裏側のNZで出会うなんて、良い時に良いところにいたもんだと今更ながら思います。

私もI氏のお子様3人もNZの現地校に行きました。子供だった時分の苦悩と経験を思い出しながら、I氏の親としてのその頃のお話を聞いて、へ~そうだったのかと思ったりしました。お互いの親、子供には言わないことを、ノートを比べるようにして話すのも、案外おもしろいものでした。結局それだけ年を取ったということですが、それでも思い出話というものは、聞いてくれる人がいないとできません。昔の話など使えないと思う人もいるでしょうが、どうぞそうとは口に出さないで、たまには少しだけ聞いてやってください。たまにでいいですから。

Tuesday, 6 March 2012

オランダのおばあさん

勤めていた時、オランダから移住した同僚と隣り合わせに座っていました。彼女は毎日会社から家に電話をかけては、オランダ語と英語のちゃんぽんで話すため、家の中の様子が筒抜けでした。典型的な家族中心社会では普通なのでしょうが、それにしても一緒に住む家族とよくこれだけ話す事があるものだと感心しました。ある時、彼女の母方のおばあさんがオランダから訪ねて来られました。高齢で長旅もこれが最後だから歓待してあげてほしいとお母さんに言われたとかで、あまり乗り気でない彼女も渋々ご機嫌伺いをしているのが、お母さんとの電話での口調からよく分かりました。

滞在中も体調がすぐれず医者に掛かりっぱなしのおばあさんの世話で、お母さんは大変だったようです。結局だいぶ具合が悪くなって、たしか予定より早くお母さんが同伴して、保険を使って帰国されたと思います。昔の話で覚え違いがあるかも知れません。お見舞いに鶴を折って、戦時中のことがあるから無理強いはしないよう言い含めて同僚に渡したところ、喜んでいたと後日報告してくれました。

しばらく経って、おばあさんが亡くなったと同僚から聞きました。皆が驚いたのは、亡くなる予定だったけどその前に息を引き取ったということに対してでした。オランダでは逝く時を選べると一般知識として知っていましたが、実際身近で話を聞くのはちょっとショックでした。NZでは子供が年老いた末期の親に懇願されてほう助をし、有罪となって受刑した例がいくつかあります。Palliative care (緩和ケア)が行き渡らないのか、在宅では無理なのか分かりませんが、医療と人権と場合によって宗教との併さった議論がその度に繰り広げられます。

NZ手術体験

10年以上も前の話ですが、産まれた時を除いて唯一の入院経験をNZの病院でしました。幸い事故でも大病でもなかったのですが、なんせ初めての手術なので、事前に英語の医療用語を辞書で調べたり医学の手引きとにらめっこしたりと、自分の事で自然と力が入りました。婦人科の専門医にkey hole (腹腔鏡)かと聞いたらキッと睨まれ「筋腫(fibroid)が大きすぎてそれでは出せません」と言われたり、数日で仕事に戻れるかと聞いたらまたキッと睨まれ「開腹するんですよ」と言われたり、何しろ初めてづくしで目が点になることが多々ありました。心配もいささかあったので、自分のために千羽鶴を折って当日持って行くと、職員一同に大変喜ばれました。先に手術に向かう別の患者さんに手を振りいってらっしゃいをして、ナースにbowel movement today? (今日大便は?)と聞かれ、麻酔医からgeneral (全身麻酔)の説明を受けて、気が付いたら病室で寝返りを打とうとしてナースが慌てていたのを未だに覚えているのだから不思議です。その後は、お決まりのpass wind? (おなら出ました?)を聞かれて順調に回復し、優雅に出されたアフタヌーンティーなぞ飲んでいたらどんどん歩きなさいと言われました。予定通り3泊4日で無事オツトメを終え、医療保険の元を取った事に当時は優越感を抱いていましたが、医者の世話にならずに済むならそれが一番だと年と共に最近特に思います。

Sunday, 4 March 2012

kick the bucket

慣用句や言い回しにも色々あってbring a plate(一品持ち寄りのことでお皿だけ持って行ってはいけない)、across the ditch (NZから見てオーストラリアのこと)など、意味が分かるとなるほどと思ってしまいます。kick the bucket (往生する)を覚えたのは翻訳の先生からで、たしかhair of a dog(迎え酒)も彼女に教わったのではないかと思います。もともと看護師だった彼女はオランダから移住したての頃、NZの病院で使われる言葉が口語体丸出しなのにびっくりされたそうです。バケツや犬を使った言い方を果たして患者さんから教わったのか、はたまた同僚から覚えたのか知りませんが、ちっとも気取ることのない先生の顔と声を思い出す時、これらの言い回しを思い出します。    
“The bucket list” とは死ぬまでにやりたい事のリストで、先日これがタイトルの映画をテレビで見ました。映画では主演のジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンが、リストに書かれたやりたい事を一つずつ達成しては線を引いて消していきます。まずはパラシュートをしょって飛んでいる飛行機からジャンプするのですが、実際スカイダイビングというのはbucket list に多いそうです。私だったらたとえ映画のように余命あとどれ位と言われても、空から落ちるよりは大好きなアナゴ寿司を食べに日本に帰って友人たちに会いたいと思いますが、平凡すぎてリストに載らないでしょう。

台風一過

天候が荒れて大きな被害が出ることは過去にもありましたが、どうも近年その頻度が高まったように感じます。そう言えば「50年に一度起きるか起きないか」の大洪水が続けて起きた地域もありました。Climate change (気象変化)云々の議論はさておき、冷夏が恨めしい分よけいに悪天候には腹が立ちます。Weather bomb という物騒な新語もでき、要注意の低気圧が接近すると、気象予報で一覧の警告を伴って繰り返し使われます。昨日、全国が見舞われた低気圧は981ヘクトパスカル(hPa)だったそうです。「ボム」に備えるよう丸二日連呼され、予報が見事的中しました。風にもstrong wind, blustery wind, gale force windとありますが、強風、猛風、暴風と強くなってgust(最大瞬間風速)で建物の屋根が飛んだり、電柱が倒れたりします。

暴風がやんで、もろに影響を受けた地域からはお馴染みの復旧の様子がニュースで伝わってきます。倒れて道路を塞いでいる木をどけたり、電線を繋げなおしたり、屋根に一時しのぎのカバーをかけたりと、幸いこの近所は折れた枝や幹が散らばる程度で済みましたが、時間を惜しまず作業に取り掛かる消防士、電線技師、非常職員の姿にはいつも本当に頭が下がります。
 

Thursday, 1 March 2012

長母音

日本語にも英語にもある長母音ですが、中国語にはないそうです。香港から移民した生徒が話す英語はどれも短母音で、Noと言う時は「ノ!」と弾丸の如く素早く耳の脇を通り過ぎます。それをどうにか伸ばして伸ばしてと、しつこく大げさに繰り返し、やっと「長い音」の意味が分かったようです。互いに向き合って口を大きく上下左右に開けている姿は、傍から見るとさながら福笑いのようではないでしょうか。最近はLong vowel (長母音)と注意しただけでちゃんと言い直せるようになり、しめしめと一人満足感に浸っています。次は二重母音ですがこれは日本人の生徒も苦労します。日本語ではあまり使わない下顎を、外せと言わんばかりに酷使させるのですから習う方も大変です。顎がミシミシメリメリ言う度に喜ぶ先生を、一体どんな人だと思っているのでしょうか。顎を外さないよう気を付けてください。

魔法の言葉

Magic words。何かワクワクさせるような言葉ですが、実はthank youと pleaseの二つの言葉を指していて、子供のしつけに使われます。子供が大人に向かって“Can I have some?” (ちょっとちょうだい)などと言うと“What’s the magic word?” (魔法の言葉は?)とすかさず聞かれます。すると子供は慌てて“Please” と付け足します。つなげて初めて「少しいただけますか?」というきちんとした文ができるわけです。もちろんNZ中の子供が皆お行儀良くて聞き分けが良いかと言うと、そんなことちっともありません。でも、最初にこの「魔法の言葉」を発明した人は、どんなに想像力がたくましくて心の広い人だったんだろうと考えるだけで、何やら心底あったまって来るから不思議です。


私は大人になっても“Yes, Please” “No, Thank you” が言えたら素敵だと思い、移民の人たちに英語を教える時、何度も自分で使ってみせます。真似してくれたらこっちのものです。ハリポタでお馴染みのmagic wand (マジックウオンド:魔法のつえ)はないけれど、彼らが魔法の言葉を広めてくれたら何も言うことはありません。

また失敗

いろいろあって自分は果たしてばかなのか、それほどでもないのか相変わらず自問自答を繰り返しています。でもきのうは、英語教室で毎週会う台湾出身のジーンにメルアド聞かれたし、去年お教室全体で近所に作った野菜畑を生徒と見に行ったし、財布とお腹が空っぽな事に変わりはないけど、良い一日でした。
ジーンは中国語の生徒さんを助けるアシスタント。一人住まい同士と分かり、さっそくフラットの情報交換をしました。どこかに良い部屋はないかと相談中です。野菜畑に一緒に行ったのはロシア出身で190センチのドミトリくん。どもりのため話したいときにうまく話せません。
たまに仕事をくれる人から、大勢に向けて定期コラム募集が呼びかけられたのは数日前。やめときゃいいのに出さないと仕事に響くかもしれないと、ブログ的に書いたのをいくつか出したら、なんかすごい感激と重圧感です。もちろん報酬はありません。毎日は書けないとごめんなさいしたら書けた分から送ってくださいと言われ、すっかり墓穴を掘ってしまいました。

英語の間違い

英国では別れる際に“Good Day(ごきげんよう)” がよく使われるようです。気品に満ちていますが私は思わず舌を噛みそうになります。親しい間柄の人通しだとこちらではよく最初にGedday! と言います。とてもくだけた言い方で、男性が言うと「よう!」女性が言うと「どうしてる?」といった感じでしょうか。私にとっては、どんなに長く外国に住んでも使いこなせない、使っても戸惑いが隠せない言葉の一つです。関東人が関西弁を無理にしゃべると不自然なように、何か決定的なものが欠けているように思えるのです。日本人特有のはにかみがあるのかもしれません。

会社勤めをしていた時に、レセプショニストが辞めることになったので代わりの人が入社してきました。彼女は南アフリカからの移民で身だしなみも申し分なく、背筋もピンとして大変優雅な雰囲気をかもし出す女性でした。引継ぎもうまくいったようでじき一人立ち。

たまたま私が受付の傍を通った時に電話が鳴りました。彼女は落ち着いて受話器を取り上げ開口一番、“Gedday !”


お客様に向かって「よう!」と挨拶したのでした。


慌ててそれは言ってくれるなと頼みましたが、もしかしたらGood Dayと勘違いしていたのかもしれません。忘れられないエピソードです。

eat on this side

NZの小学校にはデンタルナースが常駐しています。授業中にもかかわらずナースからお呼びがかかると行かなくてはなりません。あのチュイ~ンというドリルの音、ナースのマスク、いすの背もたれを後ろに倒されて逃げられない体勢がMurder House (殺人鬼のいる家)と呼ばれる所以です。終わると左右どちらかの手の甲に赤ペンでeat on this sideと書かれます。こちら側で食べなさい、ということです。こちらの人は大人になっても(紙がないと)何でも手の甲に書きます。まさか歯医者で書かれることはもうありませんが…。自分のPalate(口蓋)がどんなものか触りながら訳をしていたら、急に昔を思い出して思わず口を手で覆ってしまいました。


経費節減の折、近々各校常駐のデンタルナースが居なくなって移動式の歯科クリニックが巡回するようになるそうです。時代の変遷ですね。

アメリカ式綴りとイギリス式綴り

Flavour, mould, anaesthetic, oesophagus, centre, analyse, dialogue, programme, licence。


ワードで言語を米国英語に設定してこれらの単語を見ると、赤い下線が引かれてスペルミスと表示されますが、設定をNZ英語に変更すると下線が消えてなくなります。本来はどちらの綴りでも正解ですが、設定上英国式の綴りが正解とみなされるのです。どちらでも一緒じゃないかと言われても、書き手/読み手が普段どちらを使っているかによって違和感や不具合が生じてしまいます。書き手が読み手に合わせて臨機応変に頭を切り替えられたら何も問題はありませんが、長年一つを使い続けて、タイプするにもそちらに凝り固まってしまうと、何やらもう一つの方がとても不自然に感じられます。

不自然といえば最近の省略文字にも閉口しています。lol (lots of laughter) はさしずめ日本の(笑)でしょうか。cul8a (see you later) は「また後で」。コチコチの頭にはこれら基礎編でもうお手上げなのに、上級編はもはや言語の粋をはみ出ています。フレキシブルに対応したいのはやまやまですが。

「アスペルガー症候群」

「親がその子のために与えることのできる最上の贈り物は、安心感と自己肯定感である。」岡田尊司著、幻冬舎発行、167ページ。

1990年代はじめまでにNZのほとんどの精神病院が閉鎖あるいは縮小し、以後は治療を要する人も、入院させて社会から隔離するのではなく、コミュニティ(地域社会)で生活するようになりました。「エンジェルアットマイテーブル」などで有名な女流作家ジャネットフレームも、その昔精神病院で長年過ごした一人です。ケアの補助不足や世話をする家族のレスパイト問題が相変わらず取り上げられる中、私が利用する近所の図書館に頻繁に足を運ぶ青年がいます。いつも大きなスポーツバッグをいくつもひっさげて、コンピュータの前でノートに何やら必死になって書き込んでいます。コンピュータが途中で時間切れになると、大きな声をあげて予約画面にダッシュし次の予約を入れます。その他にも大きな声を出すことがありますが、常連の私はもう慣れているので、目が会ってお互いニッコリすることもあります。彼は韓国からの移民です。親御さんはどんな思いで彼を連れてはるばるNZに渡って来たのでしょうか。いつも臆することなく一人で図書館に来てもくもくと勉強する彼。立派にコミュニティに溶け込んでいる風に見えますがどうでしょうか。

Saturday, 25 February 2012

パソコンお知恵拝借

教えてもらった事を書き留めておかないと忘れる~。オフィス2007は「重い」とか。ずっしりか?ハードが壊れる前だったら健康状態を見るソフトがあるので、それで見て間に合えばハードを交換すればいいそうだ。

USBメモリがだめな時:
1)USBメモリを接続した状態で [デバイスマネージャ] を開きます。
デバイスマネージャの開き方↓
http://buffalo.jp/php/lqa.php?id=BUF4554
2) [USB(Universal Serial Bus)コントローラ]または[ユニバーサル シリア
ル バス コントローラ] に表示されている項目を確認します。
3)"USB 大容量記憶装置(デバイス)" のアイコンに " ! " がついている場合:
アイコンを右クリック-[削除]を選択し、パソコンからUSBメモリを取り外します。
"USB 大容量記憶装置(デバイス)" のアイコンに " ↓ " または " × " がつい
ている場合:
アイコンを右クリックし、[有効]を選択します。
4)デバイスマネージャを閉じて、コンピュータを再起動します。
5)再起動後、再度USBメモリを接続してみてください。
 

ローカルエリア接続のインジケータが表示されない時:
http://121ware.com/qasearch/1007/app/servlet/relatedqa?QID=007675#1
↑「 1. インターネット接続時のアイコンの表示/非表示を切り替える」で表示
可能になります。


クッキーを有効に:ツール→インターネットオプション→プライバシー→詳細設定
Adobe(アドビ):http://get.adobe.com/jp/flashplayer/
インターネットエキスプローラ8をインストール

インターネットの一時ファイルなどを消去する↓http://support.microsoft.com/kb/2539129/ja

インターネットエクスプローラーの代わりにFireFoxを使う↓
http://mozilla.jp/firefox/

頭がすっかりウニです…

バッグ

何年もしまいこんであったバッグを使い出したらなかなか評判が良い。
カンボジアでビニール袋をリサイクルして染めて手で編んだものを、指導したNZ女性がお里帰りの際に自宅で営業販売。地方新聞に載って近所なので行って来たのが数年前。すごく高くてビビッタのを覚えている。エコへのささやかな貢献?夏にたすきがけ。詳しくはhttp://www.reloopdesigns.org/ でどうぞ。

Saturday, 4 February 2012

ご近所さん

住んで4年近いのに、初めてご近所に頼みごとがあって行って来た。広々とした敷地の平屋で塀も柵もなく、すっきりしていて良い家だなあと普段から思っていたお宅。ノックするまでに要した日数4~5日。どうしても拒絶恐怖症が先に立つ。
対応してくれた女性はご年配で名前と番地を言うと喜んで話を聞いてくれた。週一で赤んぼ連れて英語を習いに来る人の駐車スペースを探しているのだが、お宅のスペースを1時間貸してもらえないだろうか?平日は路上駐車もいっぱいでドライブウエーに停めたら大家が良い顔をしなかった。

そんなことならどうぞお使いなさい。やった!ノックしてよかった。当たってみてよかった。あ~よかった、砕けないで。断ってくれてありがとねと逆に言われ、他の車があったら芝に乗り上げていいとまで言われた。キップがいいあのお方の名前は未だ分からない。

断捨離もどき

断捨離ではないが新しい住まいを探すにあたって身を軽くせねばならないので整理整頓をしている。ホーダー(hoarder捨てられない人)ではないけれど、なんせ万年貧乏ゆえ「もしものために」と細々した物まで取って置く癖がついてしまっている。紙類を捨てて、よれたものは捨てまだ着れるものは寄付して、紙類をまた捨てて、あげられるものはプレゼントに包んで、古いパソコンを処分してもらって、箱詰めして…  減ったかな?

Wednesday, 18 January 2012

○ン○ン

 大学の授業にも出たTintin の最新作が公開されている。スピルバーグ監督とNZが誇るサー・ピーター・ジャクソンとの共同作品。日本ではタンタンという名前に変わっていて違和感があるけど、ティンティンが言い辛いから?「チ」に置き換えたらなんだしね…

Wednesday, 4 January 2012

抱負ねえ

今年もボランティアが続けられるのでその近辺で新しいフラットを探したい。どうかしら?あるかしら?年末はインターネットエクスプローラ8が無事インストールできてよかった。年初からラジオで聞いたうんちく、雑草は熱湯をかけて始末する、を試しているけどなるほどこれは良い。油ギトギトに重曹を使うのと並んで重宝しそう。年末土壇場トライアルの仕事は実際来るかしら?とりあえずこげパンからきれいパンに脱皮したい。これって抱負と言える?

ハエとテニスとケータイと

年末から雨に加えて湿度が高い。じめじめしてべたつくのがいやなのは人間さま、ハエは集団で両手をこすり合わせて喜んでいる。うちわで追いかけたり、あちこちクリーナーで拭いたり、しまいにはお香まで焚いて撃退を試みるけど明らかに敵の方が一枚上。羽があるっていいなあ。日本の網戸って素晴らしいと思う。

毎年年始のお楽しみだった男女テニス大会のテレビ放映権が有料テレビに移ったため今年から見れなくなった。あ~あ。

めったにケータイをポケットに入れたりしないのに、外から帰ったら陽がさしてきたため慌ててそこら中のものをひっつかんで洗濯。ゴトトン、ガタトン、なんだろう?ハッ!遅かった… 2台目は小さいファスナー付きのビニール袋に入れようかしら。懐がすごく痛い。

Sunday, 1 January 2012

平成24年明けました

なんか今年はお年賀がとても言いづらい。被災して新年を祝えない家庭はせめて暖かい所に居て不自由がなるべくありませんように。クライストチャーチと日本両方で年明け早々地震のニュース。干支の辰は暴れなくていいんだけどな。
年末からの悪天候で初日の出はムリ。元旦にウエットスーツを着て初泳ぎするグループを、傘を差しながら遠い目で見てしまった。でもちゃんと歩いたよ。
どんな年になるか分からないけど、取り合えず宜しくお願い致します。